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「大丈夫か」
舌の上を転がる吸血鬼にとっての誘惑を嚥下したルクは真っ白な手袋をしたまま、Aの傷口を押さえ止血する。
小さく傷ついた肌は比較的簡単に塞がるだろうが、ルクは自身で止血したことを確かめるまで決して安心しなかった。
それを悟られぬよう振る舞いながら、Aを労って吸血行為で乱れた髪を整えてやった。
吸血し終えて得たのは胸が沸き立つかのような不思議な感覚。
今の心持ちを言葉にするとすれば、Aの血を飲み自らの糧としたことに喜んでいるといった具合だろうか。
やはり味は相変わらずであったが、自身を信用し彼女から血を捧げられたことに心から喜びを感じる。
更に言えば、あれほど彼女が傷つくことを嫌っていたにも関わらず、所有印を残せている事実に歓喜している自身が居る。
心身ともにAはルクのものになった。そんな錯覚さえ受けるのだ。
証拠に身も心も手に入れたいと願う欲が満たされている。
「痛かっただろ」
「…大丈夫」
「強がらなくたっていいのにさー」
頭をひと撫でし、両腕でAの体を抱き込んだ彼はそっと口を耳元に寄せ、短く謝罪の言葉を口にした。
緩く首を振ってそれを受け入れようとしないA。
好きで捧げたのだから気負う必要はないと説得し、そっと頬に唇を寄せる。
「傷が残っても、ルクがつけてくれたものは傷だなんて思わない」
真っ直ぐで強かな黒曜石の瞳が吸血行為ですらも受け入れ、痛みも傷も全て受け止めると語る。
数千もの長きに渡る時間を吸血鬼として孤独に生きてきたルクは静かに凍っていた心が溶け出していることに気がついた。
心に多少の温かみを感じてもずっと根底にあった本質は変わらなかった。
孤独で呪いによる苦しみを共にする吸血鬼同士は決して個と個が結び付くことはない。
感情の起伏を失った吸血鬼はさして他人への興味が無く、欲がないために利害関係も働かない。
あるのは古い吸血鬼と新しい吸血鬼の間の力の差のみである。
永く生きている者たちは上手くそれを隠し、何の変哲もない平穏で退屈な日々を送るだけ。
だが、それが崩れようとしていた。
「お前……」
「私なら大丈夫」
年端もいかない人間の彼女がルクを根底から変えようとしていた。
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こんぺいとう(プロフ) - ぽっぽさん» ありがとうございます!新しいものはあと一週間くらいで公開できるかと思いますので、もう少しお待ち下さい〜! (2021年1月21日 20時) (レス) id: 61b77cc65e (このIDを非表示/違反報告)
ぽっぽ(プロフ) - おもしろくて勢いよく読みました!!!続きが楽しみです! (2021年1月20日 9時) (レス) id: f5136f3fcb (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:こんぺいとー | 作成日時:2020年11月8日 21時