84 ページ34
パタンとドアを閉めて来客が去っていったことで、ウルドは安堵のため息を漏らした。
何とか収まる所に収まったらしい。
ルクは器用に見えて彼女のことになるととたんに不器用で臆病になる。
所謂、器用貧乏なのだ。
背もたれに体を沈めて、机に向かう。
血に染まった彼女を抱いて離さず、茫然自失としていた姿は三十年前のものと全く同じであった。
唯一の輝きを失うかもしれないという深い絶望。
実際は失血によるものではなく、単に彼が与えた強い痛みによる失神だったが、それを知らない彼はまるで脱け殻のようで手に負えなかった。
その姿を見てウルドは確かに感じたのだ。
ルクの中には人間としてAを生かす選択肢がほぼ無いのではないかと。
永遠に失う選択肢は無いのではないかと。
ルクは明かりをつけず、静かにAの眠る寝具の横に立った。
手袋を脱ぎ去った手で触れると生者に宿る温もりが伝わってくる。
「痛かったよな、ごめんな」
後悔した。
後悔してもしきれなかった。
呪われた体を引きずって生き続ける限り、また同じ事が起きないとも言えないのだが、見てみぬふりをして離れられるほどルクは自身を騙せない所まで来ていると自覚がある。
不味いと一言で言いきれるほどの彼女の血の味を口内に思い出し、それを忘れようと小さく息ついた。
今回のように酷く傷付くことを許容してもなお、痛いほど真っ直ぐの愛を向けてくる彼女。
身が焼けつく。
愛が身を焦がすのだ。
「失わなくて良かった…」
そっと腰を折り、小さな額に自らの額を重ねる。
はらりと前髪が流れ落ちた。
昨日は側に居られなかった分、今日はAが眠りから覚めるまで傍らで静かに見守ろうと決めた。
あえて共に眠らず、ずっと寝姿を眺めていようと思う。
彼女の眠りを妨げるものがあればそれらから彼女を守り、長い夜が終わり、朝日が昇ればその瞳が開かれる瞬間に立ち会うのだ。
また新しい時間を唯一の彼女と積み重ねるために。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 58人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
こんぺいとう(プロフ) - ぽっぽさん» ありがとうございます！新しいものはあと一週間くらいで公開できるかと思いますので、もう少しお待ち下さい〜！ (2021年1月21日 20時) (
レス) id: 61b77cc65e (このIDを非表示/違反報告)
ぽっぽ(プロフ) - おもしろくて勢いよく読みました！！！続きが楽しみです！ (2021年1月20日 9時) (レス) id: f5136f3fcb (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：こんぺいとー | 作成日時：2020年11月8日 21時
