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ガチャガチャ。鍵の開く音がする。
ガチャ。扉が開く音がする。
バタン。扉が閉まる音がする。
カチ。その音と同時に視界が明るくなった。
「……A?」
ぽん、と肩を叩かれて振り返ると、いつもの坂田くんの笑顔。安心する優しい笑顔があった。
幸せでいっぱいの笑顔。
いつもはつられて上がる口角も、上がらなかった。
坂田くんはそんな私に気づき、冷たいフローリングに座った。
何を言うでもなく、訊くでもなく、ただ私の背中を撫で続けた。
「…っ、さかたくん」
「うん、なに?」
「……ごめん、別れ…たい」
「…そっか」
そのまま荷物を纏めて出ていく…予定だった。
けど、やっぱり離れたくなってなくて、でも上手く言葉にできなくて、ぼろぼろと涙が溢れ出てきてしまった。
拭っても、拭っても、ワインレッドのロングスカートにシミを作るだけだった。
坂田くんは有名人。私は一般人。
坂田くんのお仕事はアイドルみたいなもので、女性の匂いがするとすぐ炎上してしまう。
でも、坂田くんはその危険を犯してまで私の共に暮らすことを決断した。
ふざけた理由が、Aを誰かに取られたくなかったから。
真面目な理由が、Aがすぐ壊れてしまいそうに見えたから。
初めて聞いたとき、何それって笑い飛ばしてしまったけど、あながち間違いではなかったのかもしれない。
「理由聞いてもいい?」
「…嫌いになった、坂田くんのこと」
嘘をついた。
どうでもいいことで、私が恐れてしまったことを、彼に知られたくなかった。それと同時に、彼の安定しつつある穏やかな日々を出来る限り守るためでもある。
…きっと、自分が盗撮されたなんて聞いたら、また思いつめちゃうだろうから。なんて、その原因を作るのがそれだけじゃないことなんてわかってるけど、けど。
最後に期待してもいいかな。
この嘘を、あなたが気づいてくれること。
「そっか、わかった」
「………え、」
案外あっさりとした返事に、横を見ると微笑んでいた。でも、泣いてた。
つーっと、彼の頬に涙が一つ、また一つ伝って落ちていく。
悲しいくせに、寂しいくせに、悔しいくせに、なんでそんなに…優しいの。
「お別れやな、A。……次会えたら、また俺のこと好きになってな」
そんなセリフ、泣きながらじゃやだよ。
気づいてくれなきゃ、やだよ。
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sera(プロフ) - 冬芽さん» 代表で主催の私が返信させて頂きます。読んで下さっただけでなくコメントまでありがとうございます!ぜひ気になった作者様の作品を読みにいってみてください…! (2019年4月1日 19時) (レス) id: 28f01b04a4 (このIDを非表示/違反報告)
冬芽(プロフ) - どのお話も素敵でした。楽しんでサクサクと読ませていただきました。素晴らしいコラボをありがとうございました。 (2019年4月1日 11時) (レス) id: 781e1744d9 (このIDを非表示/違反報告)
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