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「ただいま……！」
気の乗らない足取りで、たまゆら亭の扉を開ける。
もう年末休業に入っているため、店の営業はない。
「お帰り。お使いありがとうね」
椅子に座って、伊野ちゃんはふわりと笑う。
その膝の上には気持ちよさそうに眠っている浅葱がいた。
「薮も、送り届けてくれてありがとう」
「問題ないさ。けれど……厄介なことになった」
「厄介…？事情を詳しく聞かせてくれるかい？」
「『何か』が、近づいている……その猫の姿をして、Aちゃんを襲ったのさ」
僅かに伊野ちゃんの目が見開かれる。
まるで怒りと殺気を同時に纏ったように熱を持つ瞳。
「Aちゃん、怪我はなかったかい？」
「あっ……うん！私は大丈夫だよ。何かされる前に薮さんに助けて貰って……」
「ならひとまずは安心だけど……許せないね。浅葱の姿を模倣したのも、その姿を利用してAちゃんに近づいたのも……」
いつも朗らかで優しい声に、怒りを含んだ声。
私に妖気は分からないけれど、もしそれが目に見えたなら伊野ちゃんはどんな風に映るのだろう。
浅葱はそんな様子に気づくことも無く、まだ夢の中に居る。
「でも、浅葱だと思って勝手について行ったのは私なの。薮さんには待つように言われていたのに」
「いや、何度も言うけれどAちゃんに落ち度は無い。一人にさせたのも、妖気に気づけなかったのも俺の落ち度さ」
「でも……」
何を言っても、薮さんは譲ることは無い。
分かっていたけれど、どうしても否定が出来なくて。
そんな私たちを見て、伊野ちゃんはそっと手を差し出して制止する。
「どちらも悪くなんかない……きっと、俺への当てつけさ」
「当てつけ……？伊野ちゃんに？」
「もう随分昔だけれど、恨みを買うような心当たりは沢山あるのさ。きっとAちゃんに俺の妖気が少しばかり移ってしまっていたのかもしれないね」
深刻な表情。
妖気はどうしても人間の私には見えない。
でも、薮さんも同じようなことを言っていたから、きっとそれはあながち間違いではないのだろう。
「……怖い思いをさせてしまって、本当にごめんね」
「そんな！やめて……謝らないで…！」
それは初めて見た伊野ちゃんの切なさを含む表情。
誰が悪いかを決めたいわけじゃなかった。
誰かを悲しませたいわけじゃなかった。
あとから出てくる言葉は、全部言い訳になるのに。
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