＊この世で最も美しく、哀しくない話part６＊ (ページ15)

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ズズ･･･と鼻を啜り、掌で涙を拭いた。

腕時計を見る。１２時２５分。

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A「･･･仕事に戻ります」

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しゃがみこんで泣くチヅルさんに、短くそう告げた。

貴女は哀しい。

だけど私は、貴女にかける言葉は持っていない。

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憎しみの言葉を吐かずに済んで良かった。

哀れみの言葉も、吐きたくない。

雅紀が幸せでありますように。

ただ、それだけを胸に抱こう。

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和也に会いたいな。

またそう思った。今日は寒いからシチューにしよう。カボチャも入れるんだ。

もうホワイトシチューじゃねぇじゃん。和也はそう言って笑う。

イエローシチューじゃん。和也はそう言って笑う。

でも美味しいじゃん。私も笑う。

うん、今夜も。２人で笑おう。

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涙が滲む視界に、大野さんを見つけた時も、心はそれ程揺らがなかった。

大野さんの病院の入り口からゆっくりと、こちらに向かって歩いてくる。

途中、午前中最後の患者さんだろう。

駐車場の車に乗り込もうとしていた初老の女性に、大野さんはにこやかに何かを言った。

お大事に、とでも言っているんだろう。

微笑んだままこちらに向かって歩いてくる。

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恐ろしい人。

背中が凍るけれど、私は大丈夫。

和也の笑顔を思い出す。うん、大丈夫。私は、大丈夫だ。

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大野さんと目を合わさず、チヅルさんを振り返らず。

薬局の従業員専用の入り口のドアに指を伸ばした時。

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智「チーーーヅル♪」

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甘い声で、大野さんがチヅルさんの名前を呼んだ。

その声も、姿も、私は聞こえないように、見ないように、ドアの暗証番号を押す。

５、２････４桁の数字を押す指が。

途中で止まったのは。

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智「俺のムスコは元気にしてる？」

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残酷にも耳に入ってきた、言葉のせいだ。

冬の冷たい雨が風に吹かれ、まるで棘みたいに鋭く、鋭く、私の頬を刺した。