＊カルマの欠片たち＊ (ページ21)

今日:29 hit、昨日:1 hit、合計:242,101 hit

優しい棘＊櫻井翔＊２ページ21

出会ったのが遅かったのか。

一瞬でも早く、出会っていたら何もかもが違ったのか。

答えは今も出ない。

・

大手企業の経営者の息子に生まれた俺は、学生時代から世界を見る。という名目の元、

ずっと世界を飛び回っていた。

元来、知識が増える楽しみこそが趣味だったのもあって、勉強は楽しかったし

世界各国で親の目が届かない世界を生きる日々は眩しかった。

跡取り息子である兄貴には、俺程自由がなく、次男で良かったとよく思った。

兄貴は我が儘な弟の俺を困ったような顔で笑って見ていて、いつも穏やかで

冷静で、優しい人だった。

・

兄貴の結婚が決まり、数年ぶりに帰った日本で、恋に堕ちる。

・

・

相手は純白のウェディングドレスを身に纏い、永遠の愛を誓っている

兄嫁だった。

・

Aは何度も拒んだ。

・

自分が浅ましい。あんなに優しいあの人を、愛してくれるあの人を

裏切ろうとする自分が恐ろしく、浅ましく、憎たらしい。そう泣いた。

俺はAの唇が兄貴の名前を呼ぶだけで、胸の奥を嫉妬で焼いた。

・

涙を流し、必死で抵抗し、それでも抗えない心を、

お互いが知っていた。

・

お互い、泣きながら、ほんの刹那。ほんの刹那だけ夢が見たくて

身体を重ねた。

兄貴の顔が浮かび、それでもAを抱いた。

愛していると言いながら、愛する人を闇に引き摺り込んだのは俺だ。

兄貴に殴られようと、縁を切られようと、それでもAの手を握り

生きていこうと覚悟を決める。

朝になったら兄貴に会いに行く･･･。

泣き疲れ、涙がこびり付いた頬のまま眠るAの髪を撫でながら

一番幸せな瞬間は今だと思ったし、何十年もたった今でも、あの時が

２人の恋の最初で最後の幸せな瞬間だったと、思う。

・

いつの間にかAの左手薬指には何もはめられておらず、

ベッド横のサイドテーブルに鈍い輝きを放ちながら置かれた結婚指輪を見て、

瞳を閉じる。

・

幸せにする。

他の全てを失ったとしても、俺が君を必ず幸せにする････････。

・

・

全てを失ったのは、兄貴だった。

・

同じ時間、兄貴は高速道路の事故に巻き込まれ、全てを、命を、失った。