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二人の間にはやはり、どこか気まずい空気が流れる。普段ならこの空気をどうにかする事ができる俺なのだが、今日ばかりはできそうにもない。
植物公園を後にして先ほども使ったバス停でバスを待つ。時刻は17時を回り、太陽も1日の役目を果たし、西の空へと今にも沈もうとしている。
やっと到着したバスに俺が先に乗り、Aさんも続いて乗り込む。
驚いたことに彼女は俺の隣に腰掛けて、わざわざ通路を挟んで反対側の窓から外を眺めた。バスは(行き程ではないが)空いており、十分に席は空いている。それなのに。
俺も動揺を隠すために窓の外に目をやるけれど、どうにも冷静になれない。
そうしてお互い無言のままバスは進み、終点である駅へと着こうとしていた時だった。
洋服の袖をクイと引っ張られて見てみると、AさんはメッセージアプリのQRコードを俺に差し出している。
「写真、私からも送るので…」
彼女はバス内であるから気を使ったのか、それとも仕事のルールを破った事に罪悪感を抱いているからなのか、小声で呟いた。
俺は急いでコードを読み取って、早速彼女のアカウントを登録した。
表示された彼女のアカウント名は、Aという下の名前の隣に黄色のチューリップの絵文字が描かれている。
ちなみに黄色は祐太郎のクラスの色である。
「Aさん、ありがとう」
「秘密、ですよ」
彼女は小さな子供に言い聞かせるように人差し指を唇に当てて、シーっとしてみせる。俺は黙ってそれに頷いて、固唾を飲み込んだ。
バスは目的地の駅に着き、俺たちは下車して別れを告げる。
「今日はありがとうございました」
そして彼女は「でも…」と言葉を続けた。
「もう、こんな風に外で会う事はできません。須貝さんが祐太郎くんを送迎し、私がその園の職員である限り」
Aさんの目はとても悲しそうで、二人の目線が交わる事はなかった。
「そうですよね…じゃあ、また」
頭がカッと熱くなる。俺は一瞬でも早くこの場所から走り去りたくて、頭を軽く下げる。
「また、は無いですけれどね」
「じゃあ…いつか」
「だからその、いつかも無いんですってば」
「そう…でしたね」
「ええ」
「それじゃあ」
Aさんはくるりと踵を返し、駅から遠ざかるように横断歩道の方へと歩いた。
信号はちょうど青から赤に変わり、当然だが、そこで彼女の足は止まった。
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ぶっく。(プロフ) - どの作品も本当に素敵で、すべての話で心を動かされました!文章がとても綺麗……!最高の7名がそれぞれちがう時間を軸にした物語を展開されていて、本当にそれぞれちがう良さがありました。読んでいてとてもとても楽しかったです!ありがとうございました! (2020年4月8日 4時) (レス) id: 19fcfdccc5 (このIDを非表示/違反報告)
餅兎(プロフ) - 神作者の皆様、執筆お疲れ様でした!どれもこれも素敵な作品で、一つ更新される度に胸を躍らせていました。本当に素晴らしい作品を有難う御座いました…!! (2020年4月8日 0時) (レス) id: 10f5dc34bc (このIDを非表示/違反報告)
還元(プロフ) - いろさん» 読んでいただきありがとうございます。この後もまだまだ素晴らしい作品が続きますので、どうぞ最後までお付き合いください!コメントもありがとうございました! (2020年4月4日 1時) (レス) id: 0ea79b5d61 (このIDを非表示/違反報告)
はるむにに(プロフ) - 神々の集まりですね、、本当すごいです(語彙力)次のお話も楽しみにしております! (2020年4月1日 22時) (レス) id: 33dd96b3e7 (このIDを非表示/違反報告)
いろ(プロフ) - なんと…凄い神々が集まって作品をお造りになられたのですね、一話目から凄かったです。皆さんの見れるなんて…最高です。ありがとうございます。 (2020年4月1日 20時) (レス) id: 5fbef9d1c0 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:830 x他5人 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年3月29日 15時