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ウルドが気になって隣をちらりと伺うと、彼はまだ物語の世界に居るようだった。
曲調が変わった。
場面が変わったようだ。
だが相変わらずAの興味は舞台上で繰り広げられる物語には戻らない。
かといってウルドの邪魔をする訳にもいかない。
思いもかけず手持ち無沙汰となってしまった彼女は少し悩んだ。
「どうした」
舞台上の出来事から目を離さず、膝掛けに持たれた彼は問うてきた。
なんだ、バレてしまっていたのか。
「興味、あったはずなんですけど…変に集中できなくて」
「吸血鬼とはそんなものだ」
そこでウルドはやっとこちらへ目を向けた。
静かな赤が少し高い位置から見下ろしてくる事実に気分が高揚した。
そうだ、この男に興味が向いている。
ここでやっと興味の対象を思い出した。
例えどんなに素晴らしいものが舞台の上で繰り広げられようと、Aは彼以外に考えられる物など無いのだ。
「だけどなんだか申し訳ない気持ちになりますね」
「そんなことは考えなくて良い。お前は私の事だけを考えていろ」
「なら、ウルドも私だけを見てください」
「言うようになったな」
Aの長い髪を撫で、その反対の手でAのしなやかな手を引く。
椅子に座ったままの彼女は上体がウルドへと傾いた。
相変わらず舞台ではこの二人のためだけに物語が繰り広げられ、人間たちが歌い、踊っているというのに。
二人の興味はとうに舞台上からは失われていた。
「お前が望まなくても、私はお前しか見ないが」
「ふふ、ありがとうございます。それだけで嬉しいです」
唇を寄せて近い距離でウルドにキスを乞う。
「落ちても良いのか?」
閉じかけていた目を開くとウルドがじっと見つめている先には真っ赤な口紅で彩ったAの控えめな大きさの唇があった。
彼は珍しく真っ赤な口紅をしているAを気にかけているようで、この色を奪っても良いかと問う。
そんなもの愚問だ。
彼にしか奪えないこの色を早く奪っていって欲しい。
あぁ、待ち遠しい。
焦がれてたまらない。
ウルドが迷う素振りを見せるのがじれったくて、Aは額を彼と合わせて挑発するように鼻の先をつける。
やがて耐えられなくなり、与えられた口づけは甘くて甘くて魅惑的な味がした。
並べられた二つの椅子に座る吸血鬼がこうして戯れている様はどこから見ても不思議な光景だった。
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くれは(プロフ) - 完結おめでとうございます!ふと、ウルドが恋しいと思い戻ってきてこの作品を拝見しました。とても素敵な作品でした。この一言で終わらせるには勿体ないですが、ここら辺で…他の作品でお会いできたらな…と思います! (2021年5月28日 19時) (レス) id: 8383034622 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:こんぺいとー | 作成日時:2020年7月11日 23時