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そればかりではなく、私に向けてにこりと笑いかけてきた。
これが俗にいう王子様スマイルか。反射的に顔を背けてしまったけれど、こいつのことだから変わらず私を見つめているのだろう。
「じゃ、借りますね」
「......は？」
次の瞬間、私は椅子を蹴飛ばすように席を立っていた。
それもそうだ、彼は私の手首を痛いぐらいの力で掴み、陸上部顔負けの速度で廊下に向かって走り出したのだから。半ば引きずられるようにして共に廊下に駆け出す私。後ろから教師の怒号と女子生徒の悲鳴に近い叫び声が聞こえる。いや叫びたいのは私のほうだよ。あまりにも力が強いので、振り払うことはあきらめた。転ばないように、必死になって足を動かす。
いつも通り授業をしている教室の前を、速度を落とすことなく駆け抜けて、彼が向かう先は保健室だろう。
「ッ、まって、ねぇ！！待ってってばっ！！」
教室がない廊下に差し掛かった。美術室や調理室などが並ぶ廊下だ。二人の足音と、荒い息遣いだけが響いている。心臓が早鐘を打っている。私の声に、彼はゆっくりと足を止めた。
息を切らして物も言えずその場にしゃがみ込む私。ここ保健室じゃないし。保健室からかなり離れてるし。保健室に行くために通る道でもないし。
垂れた頭を上げて彼のほうを見れば、けろっとした顔で見つめ返された。少し荒くなった息も、首筋に伝う数滴の汗も、まったく嫌な感じがしないんだから、イケメンってズルだよなと思う。
「なんでこんな...、何がしたいの、きんときくんさぁ、」
立ち上がって廊下の壁に背を預け、座りなおす。足を投げ出すと、冷たい廊下が太ももやふくらはぎの裏に触れて気持ちいい。
もう梅雨も明けた初夏。遠くからセミの鳴き声が聞こえてくる。
「あまりにもAさんが退屈そうな顔してるから、放っておけなくなっちゃって。つまらないよね、学校って。牢獄みたいだ」
「え、...きんときくんもそう思うの？」
「うん。てか、そうじゃないと連れ出さないよ」
驚いた。
彼がそんなことを思っていたなんて、想像もしなかった。いつもグループの真ん中にいて、楽しそうにしている彼だから。
「ここ、眺めいいでしょ。人も来ないし、静かだし」
「うん」
立ち上がって窓枠に手をかければ、海が見えた。隣にいる彼の眼と同じ色の。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ここが、さっきまであんなに退屈で息苦しかった学校だとは、私は到底思えなかった。
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作者名：赤雪 | 作成日時：2021年4月26日 15時
