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「河村 拓哉さんの御家族の方ですか?」
「……………………え?」
電話越しにけたたましく鳴り響くサイレンが、全てを物語っていた
消防隊員だと名乗る電話口の相手が搬送先の病院名を告げたのと同時に俺は外へ飛出た。タクシーを捕まえて乗り込む。「急いでください」なんて台詞を本当使う日が来るなんて思ってもいなかった、なんて場違いなことを考えながら上手く回らない頭に腹が立つ
「………なんでこんな時に」
どうか、どうか彼が無事でいてくれればそれだけで良かった。他は何もいらない。俺の全てを失ってもいい、彼が無事ならーー
「お電話頂きました。河村拓哉の…弟です」
緊急入口から回り込んで、受付の人に声をかけるとモノトーンの待合室に通された。弟などでは無いのだが、「同性の恋人」である俺は無力で何も出来なかった。親族しか立ち入れない、ということで彼の両親に事情を説明して許可を取っての事だがやはり心苦しい
バタバタと忙しく看護師が通路をなにやら機械を持って走り去っていく
「Intensive Care Unit…」
肝心な時に回らない俺の脳はICUの正式名称しか思い出すことができない。そんな知識なんて、現実を目の当たりにしては何の役にも立たないというのに
「すみません、河村さんの御家族の方ですか?」
「あ…はい。どちら様…ですか?」
明らかに看護師ではない格好をした女性と彼女に手を引かれて小さな女の子が声をかけてきた
「この度は、娘を助けていただいて、本当にありがとうございます。なんてお詫び申し上げたら良いのか…」
どうやら彼は歩道に突っ込んできたトラックの先にいたこの女の子を身を呈して庇ったらしい。女の子は真っ赤に泣きはらした目でこちらを見つめて、小さな声で「ありがとう」と言って大粒の涙を1粒零した
「…あの人らしいなあ」
「本当に、本当にすみません。ありがとうございます」
「顔を、上げてください。彼は、絶対に目を覚まします」
後半は自分に言い聞かせるようにゆっくりと言った。そう、彼は絶対に目を覚ますし俺の作った下手くそなバレンタインチョコを食べる。だから彼は絶対にこんな所で死なない、大丈夫
「大丈夫、ですので、あとは俺が付いてます」
連絡先だけ交換して彼女らが去り、後には静寂だけが残った
「……河村が、俺を1人で残すわけない」
何か言わないと泣いてしまいそうで、1人呟いた。外はもうどっぷり日が暮れていて外のビルの光の美しさが少し憎らしかった
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作者名:めろんぱん | 作成日時:2020年12月10日 2時