32.裏切りは退職届の味(中) ページ21
「いた! 阿伏兎、あそこの手前で下ろして!」
「任せろ」
Aは阿伏兎におぶられて神威と綸榭を探していた。自分の足よりも遥かに早い。そして視界が高いから探しやすい。
やっと見つけた。神威と綸榭が戦っている。夜兎同士の戦いは派手だった。
神威は動きが大きいのに体の使い方は流れるように軽やかで、無駄がなく速い。それでいて、一撃がそれぞれ重い。恐ろしいのに、美しいのだ。
夜兎同士といえども、互角とは言えなかった。戦況は綸榭が圧されている。やはり神威は春雨最強部隊の団長を務めるだけあって圧倒的な強さを誇る。
「どうすんだ姐さん」
建物の陰でAを下ろした阿伏兎が尋ねた。
「ここまで運んでくれてありがとう。私が死んだら骨くらいは拾っておいてくれる?」
「縁起でも無ェこと言うな」
「冗談だよ〜。私の反抗に阿伏兎を巻き込むつもりはないから、帰ってていいよ」
「オイオイ姐さん……」
阿伏兎の制止を最後まで聞かずに彼女は飛び出した。
懐から違法改造スタンガンを取り出して最大出力にする。恐らく、こんな小細工は神威には効かないだろう。ほぼノーダメージだろうと予測している。それでも、静電気に当たる程度のわずかな衝撃は与えられるはずだ。一瞬でも隙を作ることができたらそれでよい。
隙ができたら退職届を提出してやろう。文書が突然目の前に現れたら多少は気を引けるはずだ。
その間に、綸榭が逃げてもらう。夜兎の彼女なら、一瞬の隙でもなんとかできるだろう。
綸榭を逃がした後のことは、その時に考えよう。今考えても仕方がない。どうせあの振り下ろされる拳に当たれば無事じゃ済まないのだから。無事である確率の方が低い。
──ホント、らしくないなぁ。
Aはスタンガンを構えて、神威の前に立ちはだかった。怖くても、目を逸らさない。
「A?」
神威はAに当たる寸前のところで拳を止める。居るはずのない人物に驚いて後ろに飛び退いた。寝たのではなかったか。彼は冷たい表情で続く言葉を吐き捨てる。
「何しにきたの。邪魔だから、そこどいて」
「友達を助けにきたの。それと──女の部下に睡眠薬を盛ったセクハラ上司に退職届を出しにね」
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作者名:夢宵桜 | 作者ホームページ:https://lit.link/dreamfairy
作成日時:2024年3月25日 21時