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「神威のとこに行く」
「姐さん……アンタわかってんのか? 団長がわざわざ薬まで盛って遠ざけようとした場所に行くってのがどういうことなのか」
「そんなの──わかってたまるか」
冷たく吐き捨てた。自分に薬を盛った男のことなんて知りたくもない。
「わからないよ。…………嘘、ホントはちょっとだけわかる。でもわかってあげない。そんなのシカトぶっこいてやる」
──わからないのは、私自身の気持ちだ。
この期に及んで、まだ神威の好意を消せていない自分がいる。愚かな女だ。そんな自分に腹が立つ。自分をこんな風にした神威にも。どうせなら、中途半端に優しさを見せずに実力行使なり脅迫なり冷たくされた方がよかった。
「姐さんはあのすっとこどっこいに相当怒ってんだな」
「そう見える?」
半分正解した阿伏兎に対して大袈裟に肩を竦めて見せた。
それに、Aの中にあるのは怒りだけではない。悲しみも、友への心配も、知る者同士が討ち合うやるせなさも、あらゆる感情が渦巻いてぐちゃぐちゃである。
でもそのおかげで感じないでいられる。
自分を殺せる強者に楯突く恐怖心を──。
ここで神威を追えば、穏便に眠らせてくれたささやかな気遣いが無に還るだろう。自ら敵対しにいくようなものだ。本当はわかっている。
でも──。
「私は行くよ。できれば、道中手を貸してほしい。近くまで連れてって。そこまで行けば、あとは私一人でやるから」
「今の姐さんを一人で行かせられっか」
阿伏兎から見たらAは危なっかしかった。全ての感情に蓋をして無理やり表情を作っているのがわかる。そんな顔を見せられて放っておくことなんてできない。
「あのすっとこどっこいに喧嘩売るのは私一人で充分。いや、先に売ってきたのはあっちだから私は買うのか」
「アンタはそれでいいのかよ」
「……知らない」
考えないようにする。それがAの選択した答えだ。自分の突飛な行動に呆れてしまう。
──らしくないなぁ。
Aは自己犠牲なんてしない
神威を止めたいのか、綸榭を助けたいのかも定まっていない。薬を盛られた意趣返しに邪魔をしたいのかもしれない。あるいは、自分が望まない結末を見たくないがために行動するのか。
──いや、全部だ。これは自己犠牲なんかじゃない。自分のために、できることをするんだ。
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作者名:夢宵桜 | 作者ホームページ:https://lit.link/dreamfairy
作成日時:2024年3月25日 21時