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名前を呼べば、彼が振り返る
妹を恐る恐る地面に下ろしてみたが
ふらつきながらも自力で立っていたので
申し訳なく感じながらも
しげの元へ行くことにした
「まだ、ここに来てたんか」
「おん
濱ちゃんからあかんって言われとるけど
どうしてもここに来てまうねん」
そう告げるしげの視線は
海の遠く先に向けられていた
何が見えているのだろうか
俺の目には、ただ続く水面しか映らない
前にここに来たのは約1年前だ
妹が来ないことを
しげにこぼした時以来来ていなかった
俺はこの場所が嫌いだ
いつまでもしげを過去に縛り付けるこの場所が
「綺麗やな」
「俺はそうは思わんな」
しげの呟くような言葉にそう返せば
彼は困り顔をこちらに向ける
ここから見る海は
普段の海よりも暗く沈んで見えるから
俺には綺麗だとかそんな感情は湧かなかった
しばらく海を眺めていると
いきなり隣のしげが立ち上がった
その視線は後ろで座り込む妹に向けられていた
ゆっくりとそちらに近づき目の前に座る
目を閉じたAはその気配に気づいていないようだ
何やら2人で話しているが
少し離れたここにはその声は聞こえない
しげ、お前Aにはそんな優しい顔するんやな
何となくこの時から気づいていた
しげはまだ会ったばかりのAに心を開き始めていると
そしてAも
俺や他の連中とは違う雰囲気を
しげの前では出すのだ
そうすればもう、俺が入り込む隙間はなくなる
それが不思議でたまらなかった
そして、ほんの少し妬いたのも本音だった
月日は流れ
だんだんと暖かい風が吹くようになってきたこの島は
4月に突入していた
既に学校は始まっている
真新しい制服を身に纏い
迎えに来た3人と登校していく妹
すっかり慣れた彼女は
まるで昔からこの島にいたかのように俺らに馴染んでいる
笑うことも、少なくない
睦月ちゃんとも楽しそうに話していた
よかった、思ったよりもちゃんと前に進めている
毎朝早く起きてどこかに出かける妹は
おそらくあの防波堤でしげと過ごしているのだろう
相変わらず2人の間には独特な空気が漂っている
学校生活、楽しんでくれるだろうか
先生や子供たちとも仲良くなれるだろうか
そんな心配は無用だったようで
毎日楽しそうに学校へ向かう姿からは
過去の苦痛なんて感じさせなかった
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作者名：民 | 作成日時：2018年11月3日 16時
