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三十一 ページ31
見るのももう数ヶ月ぶりになる、重厚感たっぷりの重たい扉。把手に手をかけてあとは押すだけなのになんだか気が重くてため息をついて、それからコンクリートで打ち付けられた天井を見上げた。
オレは今、バーテンさんと出逢ったあのバーの入り口の前にいる。この扉の向こう側には、いつも通りシックでクラシックな雰囲気を醸し出す店内にいつも篠原さんが弾く黒いグランドピアノが置いてあって、いつも通りオレがいつも座るカウンター席があって、いつも通りその隣にバーテンさんが座る席があって、けれどもいつもと違ってバーテンさんがどこにもいない景色があるんだろう。
扉を開けてそれを見てしまったら最後、彼がいないことを嫌でも認識してしまうだろう。無意識に、ポケットに入れたあの指輪を手が握っていた。
あとは扉を押すだけ、押すだけ。そう思っていると勢いよく扉を奥に引かれて、思わず転びそうになってたたらを踏んだ。
視界の先には篠原さん。口の中に空気を含んで頬を膨れさせた彼は、遅いですよ緋色さんんん！！！ とシックなバーに似合わない、うるさい文句を言った。
「蓄音機とレコードを引き取りにいらしたんですよね。これヤバいですめちゃくちゃ重いですよ」
さっきそれよりも遥かに重たい扉を漫画みたいな勢いで引っ張ってたのに。
彼に招かれて、いつもとは違うボックス席に腰掛けた。店内は相変わらず変わりなくて、どこまでもいつも通りだった。そう思ったことを知ってか知らずか、全然変わってないでしょ、と篠原さんが笑う。
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作者名：深海 | 作成日時：2022年9月24日 21時
