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「こんばんは。オレは緋色光。貴方の名前を教えてくれ」
「こんばんは。ナンパが下手くそですね」
「まったく、つれないなあ」
「貴方限定ですよ。そもそも貴方の名前を教えてもらっていませんし」
「オレは『緋色光』だって、言ってるだろ」
「そうですね、緋色さん」
まるで聞いていない様子でいつものように差し出される最初のカクテル。会話の前に、じーっと黒曜石みたいな瞳の彼に見守られながらカランカランと氷を鳴らして酒を一口だけ飲むことが、いつの間にか、この店でのルーティンになっていた。
飲食を見られるのは少し居心地が悪いけれど、なんだかもう慣れた。
「……バーテンさん。いつも思ってたんだけど、何でオレが酒を飲んでるところを見るんだ?」
「………あー人間なんだなって思えるから、ですかね」
「オレ人間って思われてなかったの?」
「さぁどうでしょうね」
彼はクスクス笑って、またあの日みたいに蓄音機の前まで歩いて行き、ボックスを手にオレの隣のスツールに座る。
「どれを聴きましょうか?」
「そうだな、じゃあこれで」
「緋色さん、それ好きですね」
「バーテンさんがな」
手に取った黒いジャケットのレコード、カインド・オブ・ブルー。別にこの曲が好きだと言うわけではない。落ち着いたこの店内によく合っていると思うからだ。オレはどちらかと言えばアップテンポな方が好きなので。
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作者名:深海 | 作成日時:2022年9月24日 21時