二十六 ページ26
カチカチ、カチカチ。
口づけの合間に聞こえる秒針の音を聞いていると、なんだか急かされているような気分で頭がぼうっとしてくる。じゅわじゅわと舌が蕩ける感覚が気持ちいい。いつの間にかオレの方からも積極的に舌を差し出してしまっていたことに気がついてしまえば少し恥ずかしくて慌てて引っ込めようとしたら、ぬるりと追いかけられて捕まった。そのまま絡め取られて吸い上げられれば、ふと身体中の力が抜けてしまう。
キスをしながら耳たぶをすりすりとなぞられて、いつものあの匂いを感じ取った。たったそれだけのことなのに、脳みそが駄目になってしまうような、どんどん融けて手遅れになってしまうような、そんな気がした。
呼吸の仕方を忘れてしまったみたいに必死で酸素を取り込もうとしていたら、ふいに、ぽたりと何か温かいものが睫毛に触れた。
多分、バーテンさんは泣いていた。眉を下げることも呼吸を引き攣らせることもなく、ただただポロポロと涙を零していた。まるで透明人間みたいなその泣き方に驚いて思わず目を開けてしまいそうになったけれど、ギリギリのところで堪えることができた。
だってこの人はきっと見られたくないはずだと思ったのだ。だからオレも瞼を持ち上げる代わりに両手を伸ばして、彼の頬を挟んで引き寄せた。愛おしむような手つきで親指を頬に滑らせると、ようやく彼はゆっくりと唇を離した。
名残惜しそうに銀の糸が伸びてぷつりと切れる。くしゃり、と彼が不器用に微笑んだ。大粒の涙がポロポロと、頬を伝っていった。
「……好きです」
「……うん」
「好きなんです、本当に。あなたが好きで仕方がない。こんなにも人を好きになったのは初めてなんです」
「うん…………」
「どうして拒んでくれないんですか」
「………」
「どうして貴方が、泣いているんですか……」
バーテンさんの指先が優しく目尻に触れてきて、自分が涙を流していることに初めて気がついた。次から次に溢れてくるそれを拭うように、まるで慰めてくれるかのように、彼の顔が近付いてくる。
もう一度唇が触れ合うと同時に、オレは彼の首に両腕を回して後ろに倒れ込んだ。
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作者名:深海 | 作成日時:2022年9月24日 21時