十三 ページ13
いつもの時間の、いつものバーのドアに『close』の札が掛かっている。鍵が閉められているので、ドアも開かなかった。
今日は休みなのかと思いながらもノックをすると、しばらくの沈黙の後にガチャリと音がした。ゆっくりと扉が開かれる。ひょこりと顔を見せた篠原さんはオレの顔を視界に入れると、ぱあと明るい顔をした。
「緋色さんだ。こんばんは」
「篠原さん。バーテンさんは……」
「それが分かんないんですよ。あの人最近来てないんです。僕ずっとバーテンさんがここのオーナーだと思ってたんですけど、違ったのかなぁ……」
「……そうなのか」
飲んで行かれますか？ と聞かれた。せっかくだけれど断れば、やっぱり、と。緋色さんったらお酒じゃなくてバーテンさんと話すために来てましたもんね、と篠原さんは肩をすくめる。言い当てられたのが少し恥ずかしくって誤魔化すように、最近は肩をすくめられてばかりいるなと心の中でごちた。
「今度バーテンさんが来たら、緋色さんが寂しがってましたって伝えときますね」
「ああ、ありがとう篠原さん」
重厚感のあるドアが閉まる音が大きく響いて踵を返す。もう彼は、オレに会ってくれないのかもしれないとふと思い至って、それからふつふつと腑が煮えくるような感覚がした。
何を思ってどれほど苦しんでいるのかは知らないが、だからと言って何も言わずにオレを避けるのはいけないだろう。
バーテンさんは前にオレのことを優しいと形容した。ならばオレは彼の思う様な優しい心を持って、オレの知らない理由でいきなり避けられたとしても、絶交するのはやめておいてやろう。
代わりに彼が篠原さんにやるみたいに、頭を鷲掴んでやるので留めてやる。
なんてったって、オレは、優しいので。
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作者名：深海 | 作成日時：2022年9月24日 21時
