その声が僕を呼んだなら

42 ページ44

.








(you side)









(ど、どうしよう……)





何が、って、

巨さんの顔、まともに見れない。こと。





持参したお弁当を前に、はぁ、とため息が零れる。

お昼休憩に入って10分経つが、未だに食事が始まらないのも

昨日の巨さんと、今朝の巨さんが頭から離れないからだ。









『おはよ』

『お、…はよう、ございます、』





いつも通り、いつも通り、って

巨さんを乗せたバスが到着する前から

ずっと言い聞かせていたつもりだったのに

いざ、巨さんから声を掛けられたら昨日のことが

まざまざと蘇ってきて、とてもじゃないけど顔なんて

見れなくて、俯いたまま挨拶を返すのが精一杯だった。






『…』

『…』



いつも、一言二言交わすはずのやり取りもなく、

私は逃げるように、別の選手に挨拶をしてしまった。

…だって、仕方ない。昨日の今日で、普通に接しろって

言う方が、無理に決まってる。







(…どうして、キスしたんだろ)





帰ってからも、ずっと考えてた。

けど、都合の良い結論にしか辿り着かなくて

いやでもまさか、巨さんがそんな。って思ったけど、

…でも、私のこと気になる、って言ってくれたし…







「はぁ……」






…とりあえず、お弁当食べよう。

この件はもう、いくら考えても仕方ない。









・
・
・









「あ、」

「あ…」





休憩を終えて、いつもの場所で警備にあたろうと

向かっていたら、正面から巨さんが歩いてきた。

思わず、声が出る。それは、巨さんもおんなじで

微妙な距離間のまま、立ち止まる。







「…お疲れ。休憩？」

「今終わって、これから戻るところで、」





いつも通り、いつも通り。

心の中で、何度も唱えた。

変、じゃないよね。いつも通りだよね、







「巨さんは、」

「俺？俺は今からテレビの取材」






テレビ、だって。

やっぱりすごい人なんだなぁ、なんて

そんなの分かりきってた事だけど

昨日は身近に感じた巨さんが、途端に遠く感じて、








(……あれ、何だろう、)









胸の奥で、きし、と痛むような音がした。






.

43→←41

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す