8話 ページ8
夏は日差しが強いけれど冬はびっくりするくらいに冷え込んで、雪が降りだせばたちまち神社の鳥居や立ち並ぶ木々、家々の屋根に積もってしまう。春は花と虫で辺りが彩られて、思わず駆け回りたくなる衝動に駆られる。秋は水田が稲穂で金色の絨毯と化し、その美しさをずっと眺めていたくなる。純真な彼女の口から零れる情景の数々は想像でしか見ることは叶わないがそれでも十二分に綺麗だった。けれど、彼女の瞳から見つめるそれらはきっとその何倍も輝いているのだろう。
ふと、聞き覚えのない声を掛けられる。身体を向ければ木編みの籠いっぱいにきゅうりとトマトと茄子を詰め込んだ老父が一人、頭に巻きつけたタオルで汗を拭きながら屈託なく口角を上げていた。
「ようAちゃん、ボーイフレンドか？」
「いやちゃうから！この人はお客さんやの！」
「自分ん家はいつの間に宿んなっとんや？まあこいつは差し入れやけ、食うときや」
「え、トマトくれるん？ありがと！」
「おう、明日はきゅうり売るべ、まけたるから買いにきいな」
満足げな顔をして二つ、真っ赤に熟れたトマトを持つ彼女はいきなりごめんと軽く頭を垂れる。あんな風にして作物を分け合うのは大して珍しくのだと窺えた。タツヤくんの髪と同じ色だ、そう独言する横顔をじっと見つめていれば、何を思ったのか唐突に大きな一株トマトが口に突っ込まれた。
「んっ！？」
「美味しいやろ？」
「んん、いや美味しいの前に喉詰まらせるよ」
「ごめんね、口に入りきらへん大きさやからええかなーって」
「美味しかったけどダメだからね」
「お母さんみたいやなぁ、ふふ」
朝から絶えず耳朶を打つ蝉時雨はまるで休むことなど露知らず、といった様子で忙しなく鳴き続けている。彼女は道路から逸れ、山道の方へと足を向けた。麓をぐるりと取り囲む背の高い柵の上には電気の線が張ってあるらしく獣避けの任を背負っていることが理解できた。金網状の扉を開けてから約五分。野草と道無き道を掻き分けて、たまに俺が付いてきているか確認しつつ彼女は進んでいく。会話はなかった。しかしながら山を流れる川と木々を透く風、幾多の蝉の中では人間二人の沈黙など気にも留まらない。そうして、突如立ち止まった彼女は大きく息を吸ってから声を発した。
「久しぶり……」
「……え？」
「ここに来るん、久しぶりなんよ。何となく思い出してん」
蔦の絡まる砂防ダム。渓流と木々の情景がお気に入りなのだ、と水飛沫に髪を濡らして彼女は微笑んだ。
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漣(プロフ) - 描きピーさん» 描きピーちゃんコメントありがとう〜！私にとっての「夏」という世界観を最大限綴れるように頑張ります……！ (2019年8月25日 22時) (
レス) id: 0a5e6cfb08 (このIDを非表示/違反報告)
描きピー(プロフ) - 漣ちゃん、新作おめでとうございます!漣ちゃんの執筆する「夏」をテーマにした物語は、綺麗な言葉と表現が巧みに使われていて読者の気持ちを涼ませてくれる所が凄く好きです!これからも応援しております! (2019年8月25日 21時) (レス) id: fe17964061 (このIDを非表示/違反報告)
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