1話 ページ1
はあ、と一つ息を吐く。寒くないどころか暑苦しい空気の中では勿論のこと白く染まるはずもなく、見えないそれはどこかへと透けていくのだろう。
穴の空いた切符と満タンのペットボトル、部活用のスポーツバッグ。垂れた汗をハンカチで拭い、俺は自由席と書かれた車両に乗り込んだ。
都合よく空いていた席に腰と鞄を落とす。クーラーが主張激しく効いている車内はむしろ寒いくらいで、外との温度差に思わず苦笑いが零れた。
重荷から解放された肩を軽く回して、買ったばかりの飲料水で喉を潤す。人の話し声とホームから聞こえる放送だけの聞こえる空間。そんな状態になってよつやっと、俺は一人なのだと気が付いた。
「……皆、驚いてるかな」
夏休みももう終わろうというこの時期、俺が一人で外出をしていることは姉さんにしか伝えていなかった。その姉さんにも実は今日伝えたばかりなのだが、何にせよお日さま園の皆は知らない訳である。
朝起きたらいなくなっている自分にびっくりしていたら面白いのに。そんなことを考えながらに、俺は電車の発車音に耳を傾けた。
自分がこうして一人で電車に乗っているのには、理由とも言えない理由があった。
ざっくばらんに言ってしまえばなにかが物足りなかったのだ。楽しい夏休みが終わるのは普通、悲しいものだろう。けれど俺には惜しいはずのその事実がどうにも惜しく感じられなかった。それはきっとその夏休みが至極つまらなかったせいであり、だったら残りの一週間、精々謳歌しようと思い立った訳である。つまりは思い出作り、だ。姉さんには溜め息を吐かれてしまったが、羽を伸ばしてきなさいと言った顔は優しげだった。
揺れる電車は今まで知り得なかった楽しさに溢れていた。別段派手でも地味でもない普通列車を何となくで乗り継いで行く。たったそれだけのことなのに、一つ、また一つと駅に止まる度溢れ出てくる解放感は留まりを知らないようだった。
暇を潰そうと持ってきていた本を読み始めたが、間もなくしてページを捲る手は止まった。次から次へと流れていく景色を眺める方が本を読むよりも楽しかったのだ。
こんなにのんびりとした旅を過ごすなんていつ以来だろうか。部活の遠征やら合宿やらで多少の遠出することはあるが、そんな時の自分に休む暇など有りやしない。いやまあキャプテンを担う以上は仕方のないことだともうとっくに割り切ったものだが。
だから、こんなにも自分の為だけに何かをするというのはとても久しいことだった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 20人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「イナズマイレブン」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
漣(プロフ) - 描きピーさん» 描きピーちゃんコメントありがとう〜！私にとっての「夏」という世界観を最大限綴れるように頑張ります……！ (2019年8月25日 22時) (
レス) id: 0a5e6cfb08 (このIDを非表示/違反報告)
描きピー(プロフ) - 漣ちゃん、新作おめでとうございます!漣ちゃんの執筆する「夏」をテーマにした物語は、綺麗な言葉と表現が巧みに使われていて読者の気持ちを涼ませてくれる所が凄く好きです!これからも応援しております! (2019年8月25日 21時) (レス) id: fe17964061 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
