87話 『結婚しよう』 ページ40
キリトside
テーブルの上にたった一つだけ灯した小さな蝋燭の明かりが、俺の腕の中でまどろむランカの肌を控えめに照らしていた。その白い背中にそっと指を這わせる。暖かく、このうえなく滑らかな感触が指先から伝わってくるだけで陶然とした気分になる。
ランカは薄く目を開けると俺を見上げ、二、三度瞬きをしてにっこり笑った。
キリト「悪い、起こしちゃったな」
『ん……。ちょっとだけ、夢、見てたんだ。元の世界の夢……。おかしいんだよ』
笑顔のまま、俺の胸に顔をすりよせてくる。
『夢の中で、アインクラッドのことが、キリト君と会ったことが夢だったらどうしようって思ってとっても怖かった、よかった……夢じゃなくて』
キリト「変な奴だな。帰りたくないのか？」
『帰りたいよ。帰りたいけど、ここで過ごした時間がなくなるのは嫌だな。ずいぶん……遠くまで来ちゃったけど、僕にとっては大事な2年間なんだ。今ならそう思えるよ』
俺と出会ったことが大事で、共に過ごした時間がなくなるのは嫌だと言ってくれたランカがたまらなく愛おしい。
ランカは不安そうに目を伏せると、体ごとぴたりと擦寄ってきた。
『ね……キリト君。……ちょっとだけ、前線から離れたらだめかなぁ』
キリト「え……？」
『なんだか怖いんだ……。こうしてやっと君と気持ちが通じ合ったのに、すぐ戦場に出たら、またよくないことが起こりそうで……。ちょっと、疲れちゃったのかもしれない』
ランカの髪をそっと梳りながら、俺は自分でも意外なほど素直に頷いていた。
キリト「そうだな……。俺も、疲れたよ……」
俺は、今まで己を戦闘へと駆り立ててきた危機感にも似た衝動が遠ざかっていくのを感じていた。今、ただこの少女との繋がり、絆を確かめていたい、そう思った。
ランカの体に両腕をまわし、絹のような髪に顔をうずめながら俺は言った。
キリト「22層の南西エリアの、森と湖がいっぱいあるとこ……あそこに小さな村があるんだ。モンスターも出ないし、いい所だよ。ログキャビンがいくつか売りに出てた。……2人でそこに引っ越そう。それで……」
『……？』
言葉に詰まった俺をランカは不思議そうに見上げて首を傾げる。
キリト「……結婚しよう」
ランカが見せた最上級の笑顔を、俺は生涯忘れないだろう。
『……はい』
そっと頷いたその頬を、一粒の大きな涙が流れた。
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作者名：さきっち
| 作成日時：2018年3月5日 0時
