81話 『間に合った』 ページ34
キリトside
HPが大きく減少し、赤い危険域へと達したが、それもどこか遠い世界の出来事のように思えた。剣によって苛まれながら、俺の思考は光の射さぬ暗い小道へと迷い込もうとしていた。意識に厚く、重い紗がかかっていく。
だがーーー。突然俺の心臓を途方もない恐怖が鷲掴みにした。
ランカ。彼女を置いてこの世界から消える。ランカがクラディールの手に落ち、俺と同じ責め苦を受ける。その可能性は耐えがたい痛みとなって俺の意識を覚醒させた。
キリト「くおっ!!」
俺は両目を見開き、自分の腹に突き刺さっていたクラディールの剣の刀身を左手で摑んだ。力を振り絞り、ゆっくりと体から抜き出す。HPは残り一割弱。クラディールが驚いたような声を上げる。
クラディール「お……お？なんだよ、やっぱり死ぬのは怖ぇエってかあ？」
キリト「そうだ……。まだ……死ねない……」
クラディール「カッ!!ヒャヒャッ!!そうかよ、そう来なくっちゃな!!」
クラディールは怪鳥じみた笑いを洩らしながら、剣に全体重をかけてきた。それを片手で必死に支える。俺の筋力パラメーターと、クラディールのそれに複雑な補正がかけられ、演算が行われる。
その結果ーーー剣先は徐々にだが、確実な速度で再び下降し始めた。俺を恐怖と絶望が包み込む。
ここまでなのか。
死ぬのか。ランカを一人、狂った世界に残して。
近づいてくる剣尖と、胸中に忍び込む絶望の双方に、俺は必死に抗った。遠くで、俺の名前を呼ぶシュンたちの声が聞こえる。
クラディール「死ねーーーーッ!!死ねェェェーーーーッ!!」
金切り声でクラディールが絶叫する。
一センチ、また一センチと、鈍色の金属に形を借りた殺意が降ってくる。切っ先が俺の体に触れーーーわずかに潜り込みーーー……
その時、一陣の疾風が吹いた。
白と黒と赤の色彩を持った風だった。
シュン,サクラ,リュウ「ランカ!!」
クラディール「な……ど……!?」
驚愕の叫びとともに顔を上げたその直後、殺人者は剣ごと空高く跳ね飛ばされた。俺は目の前に舞い降りた人影を声も無く見つめた。
『……間に合った……間に合ったよ……神様……間に合った……』
震えるその声は、天使の羽音にも優るほど美しく響いた。崩れるようにひざまずいたランカは唇をわななかせ、目をいっぱいに開いて俺を見た。
『生きてる……生きてるよねキリト君……』
キリト「……ああ……生きてるよ……」
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作者名：さきっち
| 作成日時：2018年3月5日 0時
