【歌い手】シェアハウスでの日常、その後。

＊５＊ ページ8

「…ろ、」

言いかけた時だった。
俺の携帯が着信を告げる。相手はそらるだった。

…タイミング最悪。

でも、ちょっとだけ安心している自分もいた。
ろんをチラリとみると、再び突っ伏している。
…こりゃ寝たな。

俺は、リビングを出てから電話に出た。

「もしも、」
【おま、今どこ】


耳に飛び込んできたのは、そらるの焦った声色。
これは―…、ろんがそらるを認識したのと同じように、そらるもろんを認識していたか。

俺は、クスリと笑って言う。


「家だけど、どうして？」
【そ、そっか…いや、べつに】
「ちなみにろんも一緒」
【は！？】


―――…ちょっとは取り繕おうとしろよ、バカ。
どいつもこいつも、バカばっかり。

俺は、わざとらしくふかーいため息をついた。

「何もしねえって、マジで。てか人の家に上がり込んでビール3缶あっという間に飲み干すような女抱けるかっての」
【でも、】
「じゃあお前今から引き取りに来る？
…デートの最中なんじゃねぇの」


ちょっと声を低くしたのは、俺なりの牽制のつもりだった。
そして、そらると俺のような古い仲には、この“牽制”は抜群に効く。

そらるは、バツの悪そうな声色。

【…フられた。お前とろんが一緒にいるところ見て、気散ってたら…】
「気ー散ってんのは今だけのことじゃねぇだろ。今までの彼女に、お前なんて言ってフられたの？」

ぐいっとビールを煽って言う。
飲んでなきゃ、やってられない。


【…“私は誰かの代わりじゃない”みたいな…】
「ほらな。…あのさ、前から言おうと思ってたんだけど」


心の中で、語尾に「あえて言わなかったんだけど」と付け足す。
あえて言わなかったのは、俺が性格悪いから。ろんが好きだったから。


でもそれももう、今日でおしまいにしよう。


「いい加減、“告白されたら付き合う”ってのやめろよ。“想いを秘めてる辛さがわかるから”なんて口当たりのいいこと言ってっけど、要するに自分の辛さを埋めてもらえる人探してるだけなんだよ、お前は。
女は消耗品じゃないし、お前の想いもそんなやっすいモンじゃねぇだろ」
【…仰る通りで…】


頭の回転が早いそらるも、さすがに返す言葉が見つからなかったらしい。
俺はまた、深い深い溜息。

―…ため息をついてから、少し笑いを漏らした。


「ま、頑張れよ」
【え、ちょっ、ろんは―…】
「酔っぱらいは我が家で保護」


そらるの言葉を遮って、電話を切る。



今までが嘘のように、不思議と清々しかった。

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