【歌い手】シェアハウスでの日常、その後。

＊2＊ ページ22

「そんなに嫌なら彼氏作りゃいいのに。いねえのか？」
「いたら苦労してない…」
「なんでいねえんだよ。告白されてるとことか見たことあるぜ」

ー…確かに、男に相手にされないわけではない。
でも、なんで付き合わなかったかっていうと。

「…小さい頃から、かっこいい兄ちゃんがいたらそこらの男なんて…」
「あー…灯油かっこいいもんな」

苦笑いする瑠威兄ちゃん。
私も苦笑しつつ、何気なく口を開く。

「瑠威兄ちゃんもかっこいいじゃん」

笑い声が、止まった。
沈黙の違和感。恐る恐る瑠威兄ちゃんを伺うと、こちらを見ずに、困ったような顔をしていた。

「…当たり前だろ」
「えっ何で黙ったの？照れた？」
「なわけねえだろ殺すぞ！」
「は！？」

先ほどの雰囲気は何処へやら、一転していつもの横暴な瑠威兄ちゃんになった。
けれど、それに少しほっとしてしまった自分もいて。

瑠威兄ちゃんはこちらをチラリと見て立ち上がる。

「そろそろ帰れ。女子大生がこんな時間まで外にいちゃいけません」
「こんな時間って、まだ7時だよ」

そう言いながら、瑠威兄ちゃんに手を引いてもらい私も立ち上がる。
兄ちゃんはくるりと背を向けて歩き出す。
ほどかれた手に、少しの寂しさを感じる間も無く言葉が次がれた。

「時間の問題じゃねえの」
「じゃあ、どういう問題？…わぶっ」

どん。
瑠威兄ちゃんが急に立ち止まって、背中に思い切り顔をぶつけてしまった。

「ちょっと、急に止まらないでー…」
「自覚しろよ、そろそろ」
「、！？」

急に振り向いた瑠威兄ちゃん、瞳には見たことのない光が宿っていた。

荒々しくて、それでいてー…狂おしいほど、熱っぽい。

面食らう私の手首を掴んで、引き寄せる。
どくん。
瑠威兄ちゃんの体温が感じられて、心臓が大きくはねた。

「ー…見合いなんかすんじゃねえよ」
「え…？」

波の音に紛れたら聞こえないくらいの声、けれど私の耳にはしっかり届いてしまった。
どうして、瑠威兄ちゃんが、今それを。

疑問を口にする間も無く、ぱっと身体が離される。
目を合わせた瑠威兄ちゃんの瞳にさっきの獰猛な光は宿っていなかった。

「こうやって乱暴しようとする輩もいるかもしんねえだろってこと！まあお前の貧相な体をどうこうする物好きもいねえと思うけどな」
「…！瑠威兄ちゃんのバカ！」

べーっと舌を出すと、いつもみたいに意地悪に笑った。
私はふんっと背を向け、家に向かって歩き出した。
頬の熱さは、夏の熱さのせいだ、全部。

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