【歌い手】シェアハウスでの日常、その後。

＊2＊ ページ17

「なんで急に？予定空いたのか？」

ロビーで話すわけにはいかないととりあえず場所を移すことにし、会社の近くのカフェに入った。
アンはオレンジジュースを吸いながら首を振る。

「んーん、予定はキツキツ。だけど今回の仕事は東京だったから、会いにこれるなあと思って強引に片付けてきた」
「大丈夫なのか、それ…」
「まあまあ」

そこまで話したところで店員がケーキを運んできて、話が途切れる。
アンは嬉しそうにケーキを口に運び始めた。
俺はそれを見ながら、コーヒーを一口飲む。

この2年間、仕事で休みを埋めてきた。
アンに最後に会ったのは、2年前の冬だ。
それっきり、アンの顔は見ていない。お互い忙しい仕事をしているから、連絡もほとんど取っていなかった。
シェアハウスで暮らしていたのはまるで夢だったかのような俺たちの関係に、この間会った96猫と店長は目を丸くしていたのを覚えている。

「いつまでいれるんだ」
「うーんとね、あと2時間」
「2時間！？」
「うん、2時間後のバスで空港まで行って〜、次は…おっと、これは企業秘密」

ナノさんに叱られちゃう、と上機嫌なアンにため息をつく。
こいつはいつだって急だ。前もって言ってくれていれば、2時間でもなんとか楽しめる場所に連れて行くこともできた。

「本当に何しに来たんだ…？」
「とーゆに会いに❤」
「語尾にハートマークのつく台詞より連絡がほしいな」

ーー…なんて、言ってからはたと気づいた。
連絡をよこさないのはお互い様だ、今の言葉は何かまずかっただろうか。

そんな考えがよぎったのがアンも分かったのだろう、少し不機嫌そうな顔で、わざわざ身を乗り出してまで鼻をつままれた。

「連絡しないのはお互い様。あとそんな気まずそうな顔しないでよ、俺の前で」
「…悪い」
「ばーか」

2年間という歳月は、社会に揉まれていると短いようで、古い友人に会うとやはり長いものだと思い知らされる。
前は笑いあえていた話題で、今も笑えるのだろうかとか、迷惑じゃないだろうかとか…色々、余計なことを考えてしまう。

そんな思考を振り切るように、俺は口を開いた。

「他のシェアハウスの奴らには？もう会ったのか」
「ううん、会ってないよ？」
「は？呼ぶか？ここに」

悪びれる様子もなく言った彼にそう提案すると、首を横に振られた。
予想外の行動に面食らう。

「言ったでしょ、灯油に会いにきたの。察せない男はモテないぞ？」
「余計なお世話だ」

変わらぬ口調で、はぐらかされた。

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