35話 ページ35
『侮られるのも作戦のうちみたいなものだよ』
そう言って静かに微笑んだ彼女の目には確かに諦めの色があり、女だなんだと言われ舐められることに無意識のうちに慣れてしまったのだろうとニースは察する。
「…そうだな、俺たちはまんまとその作戦に引っかかってしまったようだ」
ふっと笑いそう言ったニースはやんわりと手を解くと、次の瞬間表情を引き締め両手で水城の両肩を掴む。その肩もひどく華奢で、力を込めると簡単に折れてしまいそうだった。
「だが、それを抜きにしても見事だった。フィジカルにスキル、メガロドンを止めるほどの必殺技には敬服するよ」
『あ、ありがとう』
試合中のように真剣な表情に戻ったニースに水城は瞠目するも、努力を賞賛されるのは素直にとても嬉しい。正面に立つ彼とは逆に、表情を和らげた。
「…ふむ、やはり美しい色だ」
そう呟いたと思えば、はっとしてまじまじと見ていたことを謝罪する。問題ないと返し何の色かを問えば、その目だとニースは水城の目を指し示しながら言った。
「俺たちの国の海と同じ色の君の瞳、ずっと見ていたいくらい素敵だと思う」
どこかで聞いたことがあるなと思ったが深く考えないことにして、自分も気に入っていると返す水城。離れた場所で基山がくしゃみをし緑川に心配されていた。
「アジア地区予選、俺たちの分まで勝ち抜いてくれよ」
『…うん、力の限りを尽くすよ』
最後にもう一度握手を交わすと、じゃあね、と手を振ってからニースは綱海の方へと歩いていく。恐らく賞賛と共に激励の言葉を送るのだろう。その背中を見送ると、水城は今しがた握手した右の掌を見つめる。
「どうした一青」
『いや…勝ち進むたびに、対戦相手の世界への想いも背負っていくのかなって』
「…まあ、そうだろうな」
敗北したことで叶えることができなくなった夢を、勝利し託されたチームは、大きく、重くなっていくそれを背負ったまま世界一という高みを目指す。見えないそれを確かめるように、水城は右手をぐっと強く握り締めた。
『あっ爆熱スクリューかっこよかったね。おめでとう豪炎寺君』
「ああ、ありがとう」
思い出したように顔を上げた水城は神妙な表情を晴れさせ両手を豪炎寺に向ける。豪炎寺は表情を和らげると、次の試合への気合を注入するようにその手を強く叩いたのだった。
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作者名：不二市
| 作成日時：2018年7月6日 15時
