Episode5: 残酷な現実 ページ31
決して口数が多い2人ではない。でも、お互いを思いやって、今日までやってきた。
領域が違っても、同じ外科医として 少しでも腕を上げたいという考えも理解できた。
だが、夫婦になって 子どもを授かると 互いの優先順位に微妙な差が出来てしまう。ー 時には そのすれ違いが 離別に繋がる事もある
この日 藍沢家では、冷たい空気が漂っていた。まさに絶対零度 ー ここに若いフェローがいたなら、今すぐにでも この場から逃げ出したに違いない。
「…A。何か食べろ。何度言わせる気だ？」
ここ数日で何度口にしたか分からないセリフを夫・藍沢耕作はソファーに座る妻 Aに告げる。
しかし、当の妻本人は夫のセリフなど どこ吹く風といった表情で 最新の論文に夢中になっている。
「A！」
妻が手にしている論文を取り上げて、無理やり視線を合わせる。
『何？』
「何？じゃないだろう。俺の話を聞いてなかったのか？ お腹の子の為にも 何か食え。」
夫は妻の体を心配して食事を促している。ただでさえ妊娠前から華奢な体なのに、ここ数週間はつわりで まともな食事を摂っている姿を見ていない。
買ってきたゼリーは食べているようだが、それだけで1日分の栄養を補えきれないのは一目瞭然だ。
夫は妻の体を心配していた。
『さっきゼリー食べた。今は食べたくない。』
食事を促される妻の返答も毎回同じだ。つわりの時は何を食べても不味いというが、それを身をもって味わっていた。
食べて 最中に吐き気を催すのだから 食べたくないというのが妻の主張だが それが夫に受け入れられた事はない。
両者の主張は平行線のままだ。
「A……頼むから 何か」
食べてくれという夫の言葉は最後まで続かなかった。
『だから無理！頑張って食べてもすぐ吐いちゃうの！食べろって言うのは簡単だよ、でも 実際に吐き気と戦いながら食べるのは わたしでしょ！？
耕作は子どもの事しか考えてない！ わたしより子どもの事を心配してる！
そんなに子どもが大事なら もっと子どもを大事にしてくれる女と結婚して 子ども作れば良かったじゃない！！』
我慢の限界に達した妻は 珍しく大きな声を上げて 言いたい事だけ言ってリビングを出て行く。
追いかけようとした時 机に置いていたPHSが鳴った。
「はい。」
新海「新海だ、奏ちゃんが急変した！」
妻を思いながら 夫は急いで家を出て行った。
藍沢は午後出勤で当直だが 長い夜になりそうだ
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作者名：water lily
| 作成日時：2017年10月14日 23時
