凪と月肆 (ページ36)

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空元気⑬ ページ36

(続き)

ね、今まで言わなかったなんて意地悪だって思うでしょう？

やや生意気な口調のそれに、俺は首を横に振った。

やけに落ち着いたAの息だけが俺をくすぐった。

「……ああ。だが、やむにやまれぬ事情があったのだろう」

「義勇さんに止められてしまうかもしれないからです」

……またか。

「教えてくれないか？」

抱擁を軽くほどき、俺の髪が彼女の顔をくすぐるような距離でその瞳を見つめる。

優しく微笑んだまま、彼女は言った。

「教えれません。……私がここを離れた後の全ては、炭治郎くんに任せてあります」

「……そうか」

「私とて、義勇さんに隠し事をするのは決して気分のいいものじゃありません。……その時が来れば、炭治郎くんから話が来ます。……それまで、待っててもらえませんか？」

可愛い可愛い愛弟子に。

信頼できる、同僚に。

そして何よりも、今生きているこの世界で最愛の彼女にこう言われては、俺は頷くしかなかった。

「……不本意だがな」

「……ごめんなさい」

「全くだ」

二、三度口づけを交わし、俺は頭を下の方へ持っていく。

「大丈夫です」

胸部の突起を舐め上げる俺の頭をふわふわと撫でながらAは言った。

「何がだ」

俺は彼女のそこから顔をあげず、声だけで応えた。

「心配しないでください。私が死ぬのは……二つの場面のみです」

「あっては困るのだが」

もうこの口を塞いでしまおう。

手を彼女の中心へと滑らせると同時に、俺は微笑んだままの唇に顔を寄せる……が、あと少しのところで彼女の人差し指にそれを止められてしまった。

「幸せな夢を見た後の現実ほど、怖いものはありません」

「……」

「私は別に構いません。死んだらそれで終わり、死人に口なしです。でも……義勇さんは違うでしょう？」

「……生意気になったな」

「お年頃ですから」

……随分と遅い反抗期だな。

「だったら、俺も行こう」

「うーん、それだと困るなあ……」

少しだけ本当に迷惑そうな顔をして言われてしまった。

……彼女のその出張は、もしかしたら……

嫌な予感がする。

今すぐにでも口を塞ぎたかったが、彼女の不思議な魔力とも呼べる圧に、俺はがんじがらめにされて動けなかった。

(続く)