凪と月肆 (ページ2)

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手も足も② ページ2

Aside

『妹』『僕の』

……『僕の、妹』。

男がその言葉を発した瞬間は、まるで宙に浮いているかの如く、全身の感覚がなくなっていくのを感じた。

いや……違う。

全神経が彼へと向かい、吸い込まれるように、私はただ彼を見つめた。

忘れられない父の顔によく似ている。

西洋人特有の高い鼻。

その瞳の両端に見える白眼の部分は、どこか黄色に濁っていて、彼が正気ではないことを物語っている。

おまけににいっと笑うその口元からは、タバコのヤニが染み付いた、黄色く生理的嫌悪感を抱かせる歯が並んでいる。

その八重歯は鋭く、長く尖っており、彼が鬼化している証拠だった。

男が私に近づいてくる。

私は突っ立ったまま、動けなかった。

今やるべきなのは、この男を殺すこと。

すぐさま、あの世へ葬ること。

そうわかっていても動けなかったのは、恐怖心ではなかった。

これまでの戦闘による失血と、彼の不気味さにどう出れば良いのかがわからなかったからだ。

この男は異常だ。

死体の髪を引っ張って頭部を持ち上げ、あんなにも明るい声を出せる者なのだから。

彼の気に触れれば、この場で全員皆殺しにだって、されてしまうだろう。

でも……

「聞こえていないのかな。マリアの音による物質破壊の威力は絶大だったからね。もしかしたら、鼓膜が破れたり、耳小骨が割れてしまったりしているのかもしれない」

タバコ臭い息でそう言い、私に微笑みかけてくる男の手の温もりが空気を伝わって頬にきた時には、生理的嫌悪感に身体中が泡立つのを感じた。

思わず突き飛ばしてしまう。

「触らないで‼」

やってしまった。

これで彼が怒れば、何が起こるかわからない。

私ももうこんな状態じゃ、いつまで持つかわからない。

焦りで思考が混濁したその瞬間。

後頭部を固いものにぶつけたような鈍い痛みと、右肩を鋭いもので貫かれたような鋭い痛みが私を襲った。