72. ページ22
.
気づけば、21時。
時刻は言葉なく、ただ静かに過ぎて行きました。
望は涙が枯れてしまったのか、
一点を見つめ、呆然とするようになり、
旦那はその望の介抱をしながらも、
自分の気持ちが追いつかなくて、
視線が泳いだり、止まったり。
に比べて私は、
ずっと大毅の胸を撫でていました。
トン、トン、トン、トン、リズムよく。
幼い頃、そして病気になってからと、
私は、大毅を安心させるために、
これを何度もやってきました。
もちろん大毅にだけじゃなくて、望にも。
まぁ、勝手に寝てくれて、寝ればなんとかなる望には、
そんなに必要ありませんでしたが。
耳は全く聞こえない。
意識が混濁していて、目なんか開かない。
そしたら、私はどうやって、
大毅に存在を伝えることができるのか、
安心を届けることができるのか。
深くは全く考えられませんでしたが、
気づけばこうしていたのは、
きっと母親として、無意識に、
いろんなことを思っていたからかもしれません。
胸を優しく叩いて、
時には少し伸びてきた髪をそっとわけてやって。
あと数時間で命が尽きてしまうなんて、
そんなこと思って接してなかったと思います。
おやすみ、だいき、って。
また、明日ね？って。
寝かしつけるように、
また明日も元気に目覚めてくれるように。
おまじないをかけているようでした。
「……あのっ、さ、」
ちょうど、22時をまわったころ。
少し落ち着きを取り戻してきた望が、
突然、こんなことを言いました。
「…もうすぐっ、あと2時間でさっ、
だいきっ……誕生日やん？」
…みんなで、お祝い、せーへん？
8月25日の夜10時。
陣痛に苦しみ、ただひたすら汗をかいて、
いきみ続けたあの日から、20年。
望に言われるまで、忘れてました。
「せやな。 お祝いしよ？
ケーキとな？ お酒も大毅、飲みたいやろうしっ、」
よしっ！ってその場から立ち上がり、
高い腰に手を当て、そう言った、旦那。
初めはみんなを励まそうとしたのか、
何食わぬ顔だったのに、
突然、言葉を詰まらせたかと思えば、
抑えきれなかった涙を、
ボロボロとこぼし始めました
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 2134人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
のん(プロフ) - この作品大好きです。素敵な作品をありがとうございます。表現素晴らしいです。涙が止まりません。一瞬でファンになりました。 (2020年7月25日 2時) (
レス) id: 56343318d5 (このIDを非表示/違反報告)
ごま - 声出して泣くくらい本当に号泣です。素敵な作品に出会えてよかったです!ありがとうございます。 (2020年5月10日 1時) (レス) id: d07563048d (このIDを非表示/違反報告)
いっちゃん(プロフ) - 初めまして！久々に小説で号泣しました。友人に勧めたくなるくらい素晴らしいお話に出逢いました。ありがとうございました。 (2020年5月6日 17時) (レス) id: a6f24fa91f (このIDを非表示/違反報告)
蜜柑(プロフ) - はじめまして、知り合いに勧められて一気に読みました。途中から涙が止まらなくて、親には心配されました笑多分何回もまた読みに来ると思います、最高の作品でした。作者さんの他の作品も読んでみますね。素敵な作品をありがとうございました。 (2020年5月5日 9時) (レス) id: f84ebdac68 (このIDを非表示/違反報告)
たぁ(プロフ) - こんにちは。もう一度読みたくなってきちゃいました笑 ほんとにこの作品素晴らしいです>_< 何度涙を流したことか…最高の作品をありがとうございます。 (2020年5月4日 17時) (レス) id: 4b1a527b81 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：茉都香 x他1人 | 作成日時：2017年1月4日 18時
