六話 ページ6
訳がわからない。読み終えてから最初に浮かんだ感想がそれだった。彼の思想は到底理解し得ないものだ。そして彼はこれを読ませて何がしたいのか。
「キ◯ガイ野郎」
そう言った自分の声に思いの外感情がこもってないことに気づく。人一人殺された後に犯人からの手紙を読んだにも関わらずどこか映画を観ているかのように現実味が感じられないのは何故だろう。やはりこのところ何か変だ。こんなにも人の死に対して『鈍感』になるなんて。
しばらく手紙を見つめていたが、人が来るとまずいので折りたたんで懐にしまう。果たして自分は『誰にも見せるな』という犯人の言葉を律儀に守るつもりなのだろうか。犯人はまた誰かを殺すつもりなのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。大事なのは彼がどこにいるかだ。僕は絶対に教祖を見つけ出してそれから……どうする?
「弥勒鬽那未」
ほとんど無意識に名前を呟く。一度聞けばすぐには忘れない名前だ。単純に『み』が多いからか。
「入信しようかな」
誰もいないのをいいことにアホなことを言ってみる。もしも彼が捕まったら二人だけで話してみたい。一体自分は何故カルト宗教の教祖なんかにこんなにも会いたいと感じているのだろうか。名前を聞いた時からずっとそうだ。ひょっとすると『ミナミ』という名前に何か思い入れがあるのかもしれない。
それと一つ。彼の『娘』のことが気がかりだ。そもそも頭のネジが外れたあの男がまともに子供を育てるとは到底思えない。暴力を振るってないにしても、変なことを吹き込んで精神を歪ませている可能性もある。それに『もう探す必要もない』という言葉からすると殺されているのかも……。
人はどこまで狂えるのか。教えてほしいのは僕のほうだ。僕は『あの日』以来、自分の中で何かが壊れた気がしてならない。もし会えれば……彼なら答えを知っているのではないか。僕はもう正常ではなくて、『あちら側』だと。
『君が異常か、世界が異常か。私からしてみたら答えなど存在しない』
こう言ったのは誰であったか。いや、気づかないふりをしていただけでわかりきっていたことじゃないか。
『二者択一で隔てる必要はない。何故なら世界も君も――私も異常だからさ』
そうだ。本当は僕は――
『どこにも逃げられないしどこにも隠れられない。そうだろう? 幸い私は逃げることも隠れることも得意だからどちらも用意してやれる。君は本当に運が良いな』
――彼に会ったことがある。
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作者名:田無苑珠 | 作成日時:2017年4月21日 20時