ディルック ページ6
アカツキワイナリーに来て、彼是数年が経った。家族を養う為に、たった一人でモンドまで来て働いている。ずっと一人暮らしで、心細くて堪らない幾月があった。でも、最近は何とかその気持ちが払拭できるようになってきた。
「今戻った、業務に勤しもう」
雇い主の一人であるディルック様が帰って来た。屋敷内で仕事をしてるのは、丁度わたし一人だ。何故なら、他の給仕たちは買い出しや遠い土地に駆り出されている。気まずいけど、挨拶して紅茶の準備をする。
「ありがとう、君の紅茶は美味しいんだ」
席に座って、紙に筆ペンのインクが滴る先を走らせている彼に声をかける。邪魔にならない場所に、紅茶をそっと置く。すると、顔を上げてお礼をわざわざ言っていただいた。恐れ多すぎて焦りが強すぎた。
給仕たちの中でも、端正な顔立ちと穏やかな性格も相まって人気が高い方だ。そんな方に言われたら、どの反応をすれば良いのか分からない。一旦離れて、仕事を再開する。井戸から汲んだ水の桶の中で先程の昼食の食器を洗っていると、ぱりんと音が響く。ぼうっとしていたのでワンテンポ遅れて気付いたが、足元に割れた食器破片があった。慌てて破片を片付けようとした。
「どうしたんだい、怪我は……あるみたいだ。僕に任せて欲しい」
急にディルック様が現れ、皿の破片を黒い手袋に包まれた手で集めている。よく見たら、自分の手には目の前の青年と同じ髪色の線が伸びていた。その間に、テキパキとこなしている彼の姿をぼんやり眺めていた。
「化膿したらまずいだろう、手当てする」
薬箱を持つディルック様がまた現れてわたしの指を触って手当し始めたが、羞恥の方が強い。
でも、彼の姿や言動に何か見覚えがあった。自分の兄を思い出す、ケガをしては手当てをしてもらった。懐かしくて、兄との思い出を内心に沸かせていた。そして、お礼を言った。
「……お兄ちゃん？」
あ、間違えた！思わず、よりによってディルック様にお兄ちゃんと言ってしまった！
今度は別の意味で恥ずかしくて、忘れて欲しいと伝える。
「君のお兄さんも、君を大事にしていたんだな」
含みのある言い方で、何だかおかしな感じだ。そして、また言葉をかけてきた。
「君さえ良ければ、また言ってくれないか」
少し顔を反らしたが、小さくも穏やかな声色だ。何で間違えられたのに喜んでいるんだろうか、でも彼が嬉しいならわたしも嬉しいので再びそのように呼ぶ。すると、僅かに見える口元は朗らかだった。
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