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『…あ、タバコ切れちゃった。ゆめまる一本ちょーだい』
「ん、ライターいる?」
『大丈夫、あるから』
しわしわの紙袋から取り出したそれは、肺から吐き出せばいつものタールの軽いメンソールと違って重くて苦い。咽せ込みそうになるのを抑えて水で流し込めば、目に薄い水の膜が張った。あぁ、やだな。でも言わなくちゃ、でも。
「A…?泣いてる?」
『泣いてないよ、ラキスト苦いんだもん。折角貰ったのに悪いんだけど、苦しくって涙出てきちゃった』
「…Aいつもメンソールだしね」
『ふふっ、うん。よし、明日も早いし寝よ寝よ』
言わなくちゃいけない言葉を飲み込んで背中を向けてベッドに潜れば、おやすみの一言以外ゆめまるは何も言わなかった。もしかしてバレたかな、それならそれでいいかもしれない。涙が溢れないように、吐く息が震えないように、必死に目を瞑ってその場をやり過ごした。最後まで弱虫な私で、狡い私でごめんね。
『…よしっ、』
明け方。チェックアウトの時間にはまだ早いけど、静かに準備を済ませて忘れ物がないか確認した。彼はまだベッドで夢の中。最後にちょっとだけ顔が見たくなったけど、起こしてしまったらきっと帰れないから堪えて部屋を出る。思い出も悲しみも…ゆめまるを好きになった気持ちも、全部この部屋に置いて出て行けたらいいのに。
"連絡先を消去しますか?"
画面をタップする指が震える。ホテルの外に出ると画面に雨粒が落ちてくる。生暖かいそれを涙じゃなくて雨だと信じたい私は凄く滑稽だ。でもそれも、全部今日でおしまい。
"はい"
『さよなら、ゆめまる』
最後に貴方に言えなかった言葉。
少しは寂しがってくれるかなって考えて、笑った。
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浮気はダメ、絶対。
でも沼ですよね、好きになったらきっと。
2019.10.20 蒼姫
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作者名:蒼姫 | 作成日時:2019年10月19日 15時