君と僕と僕らと (ページ29)

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『…やっぱり、嫌だった？』

終電より少し早めに店を後にし、俺とAは駅までの道程を歩く。店主の憲さんとは最後にこやかに握手を交わし、男同士でしか出来ない話もあるだろうしまたおいでとこっそり言われたことは彼女には内緒だ。笑顔で手を振り店を出た時とは打って変わって、とてもか細いその声はガード下を歩く俺にはやっと拾えた程度だ。

『自惚れるわけではないけど、やっぱりああいう場に1人で行くとかが嫌だと思われたら悲しいし…それに、憲さんと話してみたらそういう心配なくなるかなっていう』
「まぁ、妬いて申し訳なかったなって思える程度にはいい人だったよ、あの人」
『…私たちさ、知ってることも勿論多いけど、知らないことだって多いと思うの』

全て晒け出せる関係が決していいとは思わない。それでも、何か不安や不快につながることは解決しておきたいし、何より私の好きな場所を、誰よりもシルクに好きになってほしいから。そう続けた彼女の双眼はコンクリートを一点に見つめ歩いていた。これが彼女なりの誠意であり、彼女なりの愛情なんだろうと思った。

「なぁ、A。顔上げて？」
『んー？』
「…キス、したい」
『…私も』

月明かりに照らされるガード下。愛しさのこみ上げる肌寒い夜に、震えそうな指先で上気した彼女の頬を撫ぜ、人目を憚り触れる程度の口付けを交わした。合わせた唇に、触れた指先に、距離の縮まる温もりに。全てに愛しさが溢れた夜だった。

『ふふっ…早く帰ろ。風邪ひいちゃう』
「だな」

気恥ずかしさから顔を合わせることは出来なかったけれど、まるでそれが当たり前かのように右手に触れた体温の低い彼女の左手を強く握り返し、薄ぼんやりとした夜道を幸福感に満ちた足取りで歩いた。