融ける弾丸【文豪ストレイドッグス】

飴玉が8つ ページ10

会計を済ませて外に出ると、綺麗な赤い夕日が広がっていた。…空に滲んでいくそれは砂糖が紅茶に溶ける様な錯覚に陥らせる。音もなく、緩やかに、そして素早く融けていく。なんて綺麗なんだろうか。なんて、なんて痛いのだろうか。綺麗なもの程痛いし辛い。この感情を書き表すことはできなくとも、どうかニュアンスだけでも理解してもらえると嬉しい。

幸せな日常とか言う奴は直ぐに装い偽ることが出来る。本物を知らなければ、これがそうなのだと思いこむことも容易だ。だが俺は本物を知っている。それについては碧も然り。

白米の味を知ってしまうと水分過多な雑炊に戻れないように、本物を知ってしまっては偽物では満足できなくなる。そして生じるのがお馴染みストレスだ。簡単だな。ストレスはなかなか消えないのにポンポンと湧くのだから、割に合わない。台所にいる黒いアレみたいな感じで1つのストレスの後ろには100の新たなストレスが蠢いている。あーやだやだ。

装い偽ることと其れで満足出来る、というのは全くの別物であり、それ以上にはなり得ない。
然しながら気持ちだけでも幸せになれば、少しばかりの幸福感(勿論数秒もせずに消え去る)が味わえる。
例えるならば、夢の中で何かしら飯を食べて、コンマ何秒かは食った気になれるが、直ぐに目が醒める、みたいな感じだろうか。要するに物凄く虚しい。泣きそうなくらいには虚しい。虚しくて、苦しくて、今でも泣いてしまいそうだ。

どうでもいいけど、でも、こうやって碧と買い物に来ているこの一瞬くらいは幸せなのだと感じられた。だって、消えないもの。この幸福感。それに俺そこまで幸せ拒否ってないもんね。

繋いだ手からじんわり伝わる体温が幸せを主張している。…親もいない、頼れる親戚も、友人もいない、でも、今だけは2人ででも何とかなるように感じられるのだ。根拠の欠けらも無い自信は何故か幸せだと思えるものの数少ない1つであった。

「ねえ、にぃ。死んじゃ嫌だよ」

碧の、静かな声に笑って頷く。
勿論、「まだ」死なないとも。

でも何時か死ぬ。其れが人間だ。そして死を選ぶのもまた人間である。

人間らしくありたい。例え其れが叶わなくとも。いつか終わる命に縋りつけない己を嘲笑ってくれても構わない。…もう、疲れた。
息をすることにも、何の罪もないひとの命を奪うことにも、そして、碧の幸せを尽く吸い取ってしまった事にも。
俺は奪ってしまったものを返す術を持たない。ならば、この身を、この命を捧げる。それこそが、ただひとつの償い足りうるものなのだから。

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