・ ページ6
Side如恵留
駆け込んだ病院で目にした光景は、何よりも恐れていたものだった。
いつも穏やかな弟の表情は、苦悶の色に染まっている。冷汗の浮いた真っ青な顔と、それを覆う酸素マスク。
何度も見てきた、その度にもう見ることがないようにと祈ってきた姿だ。
無力な俺はただ、処置のために脱がされた弟の制服を抱きしめて、また無事を祈ることしかできなかった。
どれくらいそうしていたか、ようやく弟の処置が終わって、その場で入院が決まった。
心臓の病気は、本当に厄介だ。いつ、どうなるか、予測が難しい。でも、先生の話によれば、弟がいつもつけている心拍計の記録を見る限り、予兆はもう少し前からあった可能性が高いらしい。
「……我慢、してたの？」
病室のベッドで眠る弟に呼びかけても、まだ反応はない。涙の跡が残る目尻を、指先でなぞった。
「龍也はわかってないなあ。お前が心から笑ってなきゃ、何にもならないんだよ。」
点滴の管が通った弟の手を取る。ふと、10年前のことを想い出した。
成人式の帰り。大きな発作を起こして入院中だった弟の所に行くと、「りゅうも、大人になれる？」と聞かれた。真っすぐな瞳と、今よりずっと高い声で。
「……大人に、なれたね。」
自信をもって「大人になれる」と返してやれないほど病状の悪かった弟が、せっかく成人を迎えられたんだ。これからこの子に伝えたいことは、山のようにある。
大人になれば、たしかに色んな思いを笑顔の裏に隠さなきゃいけないこともあるよ。でも、完ぺきに1人で抱え込む必要なんかないんだ。
みっともないくらい酔っぱらったり、愚痴を吐いたり。周りに気を遣って、実はその分気を遣われてたり。
そのうち守りたい存在ができると、本気で愛しくて、いくらでも迷惑をかけられたいって気持ちになったりもするんだ。本当だよ？
まだまだ、一緒にいたい。もっと話がしたい。ぶつかって、たくさん笑いあいたい。
「……だからさ、まだあんまり遠くに行くなよ？」
焦らなくていいんだから。もう少し、俺の隣にいて。もう少し、お前の親代わりをさせて。
まだ、守らせて。
握っていた手が、ピクリと動く。
綺麗なその瞳に映る顔が笑顔であるように、俺はそっと口角を上げた。
fin.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 238人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
おさと(プロフ) - もなかさん» もなか様、こんにちは！コメントとっても嬉しいです（ ; ; ）こちらこそ、素敵なリクエストを本当にありがとうございました！！ (9月3日 17時) (
レス) id: e06b49d6d2 (このIDを非表示/違反報告)
もなか(プロフ) - とても素敵なお話をありがとうございました!リクエスト自体初めてであんなざっくりした内容がこんな素敵なお話になるなんて思ってなかったです!キュッとなってホロリとしてホワッと心温まりました。ありがとうございました! (8月30日 22時) (レス) @page14 id: 4ecbc78f68 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：おさと | 作成日時：2023年8月20日 19時
