・ ページ39
side如恵留
「はぁ〜、やっぱ家は落ち着くな〜……。」
冷房が直接当たるリビングの床に寝そべって、息子が手足を思いきり伸ばす。たった数ヶ月離れただけで、その光景はひどく懐かしいものに見えた。
「ほら、そんなとこで寝てたら体冷えるよ。」
そう声に出してから、はっと口をつぐむ。こういう口うるさい所も、海斗から嫌がられていたんじゃないか。そう思うともう何も言えなくて、俺は黙ってテーブルに麦茶のグラスを置いた。
「お盆休み、いつまで？」
「16日まで。」
そう、と頷きながら、俺は何気なく海斗の体に目を向けた。スーツから解放されて半袖シャツと短パン姿になった海斗の腕と足には、あちこちに痛々しいあざがある。しかも、指先にはいくつも絆創膏が巻かれていた。
「最近、料理始めてさ。」
まるで俺の視線に気づいているみたいに、海斗は弾んだ声で言った。そうなの？と聞き返す声が、少し裏返る。
「うん。けど、全然上手くいかない。海人と一緒にやってるんだけど、あいつもまあまあ下手だからさ。やっぱ、父さんってすごいね。」
海斗の言葉と笑顔が、じわりと心にしみる。海斗に気づかれないように、こみあげてくる熱いものを飲み込んだ。
「父さん、行儀悪いよ。」
「どの口が言ってんだ(笑)。」
海斗の隣に同じように寝そべると、いたずらっぽく茶化された。昔はこうやって一緒に寝てたんだよ、なんて昔話をすれば煙たがられるだろうか。
「……海斗。ちょっと、うざいこと聞いてもいい？」
「なに、改まって。」
海斗の顔がこっちを向く。俺を捉えてはいないけれど、その瞳はハッとするほど澄んでいた。
「……辛い思い、してない？就職して一人暮らしもして、苦しい思いとか、痛い思いとか、してない？」
腕にできた大きなあざをなでると、海斗はくすぐったそうに笑った。
「してる。」
「え、？」
「そういう思い、たくさんしてる。」
そう言うと、海斗はゆっくり起き上がった。
「転んだら、すごく痛い。包丁で手切るのも痛い。……多分俺、こういう痛みをちゃんと知りたかったんだと思う。」
ありがとう、一人暮らし許してくれて。
俺に背を向けたまま、海斗が頭を下げる。生きることを全身で受け止め始めたその背中は、本当に大きくたくましく見えた。
fin.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 238人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
おさと(プロフ) - もなかさん» もなか様、こんにちは！コメントとっても嬉しいです（ ; ; ）こちらこそ、素敵なリクエストを本当にありがとうございました！！ (9月3日 17時) (
レス) id: e06b49d6d2 (このIDを非表示/違反報告)
もなか(プロフ) - とても素敵なお話をありがとうございました!リクエスト自体初めてであんなざっくりした内容がこんな素敵なお話になるなんて思ってなかったです!キュッとなってホロリとしてホワッと心温まりました。ありがとうございました! (8月30日 22時) (レス) @page14 id: 4ecbc78f68 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：おさと | 作成日時：2023年8月20日 19時
