・ ページ34
Side海人
「大丈夫？」
「……うん。」
白杖を握り直して、深呼吸をする。それでも、足は前に進んでくれない。
「今日は無理しなくてもいいんじゃね？」
「でも、これから1人で通わなきゃいけなくなるんだから。」
そう言って無理やり一歩前に踏み出すと、慌てたように海人もついてきた。
知らない街の匂い、実家の周辺よりも明らかに多い車の音、賑やかな話声。
その全部に触れるたびに、いちいち心拍数が上がる。
これから毎日歩くことになる、会社とアパートの間の道。１人で歩けるようにならなきゃ、話にならない。
俺と同じく一週間後に社会人生活のスタートを控えている海人の、貴重な時間をもらっているんだ。無理してでも、早く道に体を慣らさなくちゃならない。
「まあ、ゆっくり行きましょ。」
そんな俺の焦りに気づいているのかいないのか、海人のあくび混じりの声が聞こえてくる。俺はその声に黙って頷きながら、もう一度白杖を握り直した。
「……俺さ、海斗のパパ結構好きよ。」
思い出したような声で海人がそう呟いたのは、少しずつ慣れない道を歩く恐怖が薄れてきたころだった。
「なに、急に。」
「いや、なんか昨日嫌な思い出話しちゃったかなーって。」
「……そんな、気遣わなくていいよ。」
「気は遣ってねえよ。海斗のパパ好きなのはほんと。……だってほら、イケメンだし。」
「それ、よく言うよね。」
信号が赤になったことを教えてくれるアナウンスを聞きながら、俺はほんの少し目を閉じてみた。
閉じても、開いても、何も見えない俺の目。生まれつきこうだから、別に晴眼者の他人が想像するほど悲劇的な気持ちになったことはない。
でも、１つだけ残念なことがあるとすれば、それはたった一人の家族の、父親の顔を見られないことだった。
海斗のパパはイケメンだって、海人だけじゃなく色々な人に言われてきた。その度に誇らしい気持ちになってきたけれど、同時に少し寂しくもあった。
「……海斗、もうちょいで着くよ！」
すげえじゃん、頑張った！と珍しく明るく響く声が、ほんの少し冷えた心にポンと飛び込んでくる。これだけの距離で息があがってしまっている自分も、ここに父さんがいればな、なんて一瞬思ってしまった自分も、やっぱり恥ずかしかった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 238人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
おさと(プロフ) - もなかさん» もなか様、こんにちは！コメントとっても嬉しいです（ ; ; ）こちらこそ、素敵なリクエストを本当にありがとうございました！！ (9月3日 17時) (
レス) id: e06b49d6d2 (このIDを非表示/違反報告)
もなか(プロフ) - とても素敵なお話をありがとうございました!リクエスト自体初めてであんなざっくりした内容がこんな素敵なお話になるなんて思ってなかったです!キュッとなってホロリとしてホワッと心温まりました。ありがとうございました! (8月30日 22時) (レス) @page14 id: 4ecbc78f68 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：おさと | 作成日時：2023年8月20日 19時
