しづ心無く ページ8
何もかも憂鬱な日って、本当にあるんだなと思いながら、窓に打ちつける雨を見つめる。
無意識にため息がこぼれていたらしく、耳元で心配そうな声が聞こえた。
「Aちゃん、大丈夫?具合悪い?」
私は、黙って首を横に振った.目の前の鏡には私の顔と、ヘアアイロンを持った七五三掛さんの白い手だけが映っている。
「…桜、散っちゃったなと思って。」
そうだね、とあまり残念そうでもない声がして、彼の指先がまた私の髪を少しすくい上げた。鏡越しにそれを確認してから、視線を窓の方に戻す。
東京の季節は、流れが速い。冬は多少寒かったけれど雪が積もることもなかったし、こちらが意識をする前に冬は静かに終わっていた。
今年は特に気温が上がるのが早かったらしく、まだ3月なのに桜はもうほとんど終わりかけている。何とか持ちこたえていた花も、見るからに温そうな今日の雨と風に散らされてしまっただろう。
「…あ、またため息吐いた。」
「本当?ごめんなさい、気が付かなかった。」
「顔色も悪いし、やっぱり体調良くないんじゃないの?」
七五三掛さんに促されて、鏡の中の自分の顔を改めて見つめるけれど、よくわからない。今日は私の何倍もメイクが上手な彼に仕上げてもらったおかげで、いい意味で自分が自分じゃないみたいだ。おまけに、丁寧に巻いてもらった髪はつやつやと光っている。
「…本当に、大丈夫だよ。」
私は七五三掛さんの心配そうな視線を振り切るようにして、立ち上がった。
今日は、一緒に買い物に行く約束をしていた。私の気分程度の問題で、せっかくの楽しみを台無しにしたくない。
ただ、本調子かと聞かれればそうではないのも事実だった。今日は生理痛がひどくて、体が重だるい。
彼に迷惑をかけないようにと、私は部屋の薬箱からほぼ毎月飲んでいる薬を取り出した。
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作者名:おさと | 作成日時:2023年4月16日 19時