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「…Aちゃん。」
呼び止められて後ろを振り向くと、如恵留くんは煙草をくわえていた。
さっと強い風が吹いて、おろしていた私の髪が一気に持ち上がる。髪で隠れていた耳に直接冷気が触れて思わず顔をしかめると、なぜか如恵留くんは見たくないものを見てしまったかのように顔をしかめた。
「今から俺が言うこと、明日までに忘れてくれる？」
うん、と声を出すまでに、少し時間がかかった。私が出した声がかすれていたのとは反対に、如恵留くんの息を吸う音がくっきりと聞こえる。
「俺、やっぱりあいつのこと嫌いだよ。」
それは、夜空の黒さより明確な声だった。
聞き返すこともできなければ、何か言葉を返すこともできない。如恵留くんの手元でライターの火が点いたのを見て、私は静かにベランダを出た。
ガラス戸の閉まる音を背中に聞いた瞬間、如恵留くんの口から出た「かくとだに」の音が耳の奥によみがえった。
火を点けて使う「さしも草」にかけて、伝えることのできない恋心を歌った和歌。
そっと後ろを振り向くと、煙草の先端についた小さな火がやけに鮮やかに見えた。
【かくとだに えやは伊吹のさしも草 さしも知らじな 燃ゆる想ひを】
(こんなにも想っているのに。伊吹山のさしも草のように燃える私の想いがそれほどまでに強いとは、あなたは知らないでしょう)
「燃ゆる想ひを」終
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作者名：おさと | 作成日時：2023年4月16日 19時
