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「…私、自分勝手になったみたい。」
「自分勝手？」
「七五三掛さんは、私に弱いところを見せたくないの。よくわかってる。でも、私は強引にでも七五三掛さんの全部を、見たくなることがある。あの人が大事にしてる境界線も、踏みにじりそうになる自分が少し怖い。」
あふれてしまった涙を手の甲で拭おうとすると、如恵留くんは私の手をつかんだ。そして、私がしようとしていた動作の何倍も優しい手つきで私の目元を拭った。
「…好きなんだね。」
押し出すような如恵留くんの声に、私は頷いた。多分好きになりすぎた、とつぶやくと、一筋だけまた新しい涙が頬を滑った。
「…ねえ、如恵留くん。」
「ん？」
「今話したこと、全部忘れてくれる？今すぐじゃなくてもいいから、明日とかでいいから。」
「……うん、わかった。」
そう言うと、如恵留くんはだらりとベランダの手すりに体を預けた。その瞬間別のスイッチが入ったみたいに、声の色が一気に明るくなる。
「明日は、何しようか。お正月だし、かるた取りでもする？」
「いいね！やりたい！」
「百人一首だと、Aちゃん強いからなー。」
「如恵留くんだって強いよ。」
「俺は全然だよ。……あ、でもあれは好き。えっと、」
如恵留くんは夜空に探し物をするように、ほんの少しの間上を見上げて目を泳がせた。それから小さな声で、「かくとだに」とつぶやく。
「…へえ。あれが好きなんだ、少し意外かも。」
あの和歌はリズムが面白いよね、と無邪気な口調で付け加えながら、如恵留くんは煙草の箱をしきりに手で弄び始めた。このままだと、私に遠慮していつまでたっても吸えない。
「如恵留くん、私もう寝るね。」
おやすみ、と言うと、如恵留くんも同じ挨拶を返してくれる。そのまま、ベランダを後にしようとした時だった。
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作者名：おさと | 作成日時：2023年4月16日 19時
