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当然眠れるはずもなく、暗闇を見つめることに耐えられなくなってきた私は、ゆっくりとベッドを抜け出した。
カーテンを開けると、夜空に細い月が浮かんでいた。シャープな線が、どこか冷たく見える。
なんとなく見ていられなくなってカーテンを閉めようとしたとき、枕元に置いたスマホが鳴った。マナーモードにしているけれど、静かな部屋には振動の音でさえよく響く。
手に取ったスマホに表示された名前に、私は思わず息をのんだ。震える指先で、画面の通話ボタンをタップする。
「…もしもし、」
数秒、間が空いた。
『ごめん、今日は。大きな声なんか、出して。』
俺最低だ、と言う声は、ひどく細くてスマホと耳の隙間から消えてしまいそうだった。
「…体は、大丈夫？今、電話していていいの？」
『うん、大丈夫。』
そっけなくも思える返事を聞きながら、私は昼間見た病室を思い出していた。暗くなったあの部屋で一人きり。どんな気持ちになるだろう。
「…ねえ。私たち、喧嘩したのかな。」
『……喧嘩じゃないよ。俺が全部悪いんだから、喧嘩じゃない。』
はっきりとそう言われて、私はひどく悲しくなった。
「ねえ、もっとちゃんと話そうよ。教えて、色々。私、わからないことが多すぎる。」
また、間が空いた。今度は、少し長い。
『……そんなこと言われたら、一緒にいたくなっちゃうよ。』
だったら一緒にいようよ、と言おうとした瞬間、スマホの向こうでかすかに息が震えた。なぜだか私は、そこで言葉を飲み込んでしまった。
『Aちゃん。』
「…なに？」
『そろそろ、別れよう。』
時間の流れが、止まってしまったようだった。もう一度、「別れよう」と声が鼓膜に流れてくる。
何も言えない私を置き去りにするように、電話はプツリと切れてしまった。
初めて、「理不尽だ」と思った。そろそろって、何なんだろうか。ずっと、用意していたような言葉だ。
私は、閉じかけたカーテンをもう一度開けた。細くて冷たい月は、もうだいぶい低い位置にある。
もうすぐ、夜が明ける。
【有明のつれなく見えし別れより 暁ばかり憂きものはなし】
(有明の月は冷ややかに見えた。相手にも冷たく帰りをせかされた。その時から私には、夜明け前の暁ほど憂鬱で辛く感じる時はないのだ)
続く (更新停止中)
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作者名：おさと | 作成日時：2023年4月16日 19時
