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「…気分悪くなったりしたら、すぐ言ってね。」





右隣から聞こえた如恵留くんの声に、私はやっと我に返った。





強すぎる夕日が差し込む車内は、あまりにまぶしい。私は目の前のサンバイザーを下ろしながら、無言で頷いた。







一度パニックになってしまったせいで、まだ上手く頭が働かない。如恵留くんも何も言わないのをいいことに、私はしばらく黙って後方に流れてゆく景色を眺めていた。











「…よく、こうやって自分にがっかりさせられるんだ。」





ポツリと如恵留くんが言ったのは、ちょうど信号が黄色に変わってブレーキを踏んだ時だった。少し急なブレーキだったからか、一瞬上体が前に傾く。







「どうしてこう、俺は理屈っぽくなるんだろう。感情は理屈じゃないって、わかってたはずなのに。」





独り言のようにつぶやく如恵留くんに、私は何も言わなかった。何か返事を求めているようには思えなかった。





信号が青になって走り出すのと同時に、私も胸の中で漂うもののほんの一切れをそっと吐き出してみた。







「…私も、今すごくがっかりしてる。自分の、何もかも。」





如恵留くんは、やっぱり何も言わなかった。私も返事は求めていなかったから、やっぱりそれでよかった。















それからアパートの部屋に帰って、ご飯を食べて、お風呂に入って。布団に潜り込んだ時には、私は今夜何を食べたかもう思い出せなくなっていた。





唯一思い出せるのは、あの声。初めて聞いた、彼の怒声。







怒っているのに、泣きそうだった。低いけれどどすの利いた声ではなくて、むしろ線は細い。





かすれてほんの少し裏返っていた彼の声を聞いて、あぁ、怒鳴り慣れていない人の声だと思った。







大きい声は、私が一番苦手な音だ。もちろん、怖かった。





でも、それだけじゃなかった。







かなしかったのだと、思う。「かなし」は、古語では「愛し」とも書く。





悲しくて、愛しい。







鼓膜に残る声を思い出しながら、私は部屋の暗闇に視線を投げ出していた。

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作者名:おさと | 作成日時:2023年4月16日 19時

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