・ ページ27
「ここだよ。」
ある病室の前で足を止めると、如恵留くんは淡白な声でそう言った。
行っておいで、と如恵留くんが私の背中を押す。ちゃんとドアをノックできたかわからない。
今まで開けたどんなドアよりも重たく感じる扉をゆっくりとスライドさせて、私は力の入らない足を病室の中に運んだ。
「Aちゃん…？」
先に声を出したのは、彼の方だった。
軽く背もたれを起こした状態のベッドの上で、私を見つめる顔。
鼻から酸素を送るチューブが、少しむくんだその顔を横切っている。捲ったTシャツの袖からのぞく腕には生々しい点滴の跡があって、今もまた針が刺さっていた。
「…Aちゃんにも、見られちゃったな。」
無理に笑顔をつくって、彼が言う。私も笑わなきゃと思うけれど、そう思えば思うほどどうしようもなく顔がこわばる。
返事をくれない理由。病気のこと。ちゃんと教えてくれない、今の気持ち。初めて感じる、大きな病院の独特な空気。
もう、限界だった。全部が混ざり合って、弾けて、気づけば私は泣き出してしまっていた。
慌てて顔を俯けて、涙を拭う。手が追い付かないほどにこぼれる涙を必死に払っていると、静かな声が私の名前を呼んだ。
「…ごめん。」
彼の顔を見られないまま、精一杯首を横に振る。もう一度聞こえた「ごめん」が震えていることに気づいて、私はようやく顔を上げた。
「ごめんね。こんなの見たら、普通になんかできないよね。」
もう泣かないで、そんなに目こすったら痛いよ、と言う声とは裏腹に、その表情はひどく傷ついていた。
上手く言葉を見つけられないまま、私は「違う」と言った。でも、あまりに情けない私の声は彼の声にさえぎられた。
「…最悪だよ、お前。」
聞いたこともないほど低い声に顔を上げると、彼の目は私ではなく私のすぐ後ろの方に向けられていた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 146人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：おさと | 作成日時：2023年4月16日 19時
