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「Aちゃん、」
上から降ってきた声に顔を上げると、如恵留くんが心配そうな目で私を見ていた。エンジンがかかったままの車が、如恵留くんの体の向こうに見える。
「Aちゃん、ごめんね。遅くなって。」
私は、黙って首を横に振った。私と目線を合わせるように、如恵留くんがしゃがむ。
本当は、誰かに抱きしめてもらいたかった。声を上げて泣いてしまいたかった。でも、今目の前にいるのは如恵留くんだ。そんなことはできない。私は、子どもじゃない。
どうすることもできず、ただ体をこわばらせて如恵留くんを見つめていると、骨ばった手が優しく私の頭に触れた。
「お家、帰ろっか。」
「…うん。」
帰りたい、とつぶやくと、やっぱり涙がこぼれた。如恵留くんの前では泣いてばっかりだな、と思っていると、如恵留くんの上着がふわりと私の肩にかかった。
それから如恵留くんの車に乗り込んで、走り出すころにはいくらか私の頭も冷静さを取り戻していた。
恐る恐る、運転席の如恵留くんを見る。
「…なんで、俺がここに来たのかって?」
まっすぐ前を向いたまま、如恵留くんが口を開く。私が頷くと、如恵留くんは左にウインカーを出しながらこともなげに言った。
「しめから、電話が来て。」
「え、電話って…」
「Aちゃんを1人にしちゃってるから、迎えに行ってもらえないかって言われたんだ。多分、病院に向かう途中だったんだと思うよ。」
淡々と言ったのと同じタイミングで、目の前の信号が黄色に変わる。如恵留くんはアクセルを踏んで、スピードを上げた。
「…どんな、様子だった?」
「声しか聴いてないけど、たしかにあまり具合はよくなさそうだったかな。でも、きちんと電話で話せていたし。Aちゃんのこと、すごく心配してたよ。」
そう言うと、如恵留くんはふっと表情を緩めた。
「…それに、俺に電話してくるあたり、やっぱり俺のこと保護者扱いしてるよ。」
全部通常運転だわ、あいつ、と言いながら、如恵留くんは一瞬だけ私の方を見た。その一瞬の目があまりにも優しくて、もう泣きたくないのにまた鼻の奥がツンと痛くなった。
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作者名:おさと | 作成日時:2023年4月16日 19時