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初めてしめるお店用のエプロンに、初めて出入りするキッチン。
覚悟はしていたけれど、飲食系のアルバイトもやったことのない私が、いきなりスムーズにできる仕事ではなかった。せいぜい猫の手よりはましだというくらいで、閉店までの間私はたどたどしくキッチンとお客さんの間を行き来するしかなかった。
「Aちゃん、ほんとありがとう。マジで、助かった。」
閉店後、半ば放心状態でテーブルを拭いていた私に、閑也さんが声をかけてくる。
「…散々働かせといて申し訳ないんだけど、しめのこと家まで送ってもらうことってできる？タクシーは、呼んであるから。」
もちろんです、と私が頷くと、閑也さんはほんの少し表情を緩めた。
「ありがとう。これに、タクシー代入ってるから。少ないけど、バイト代も。」
そう言うと、閑也さんは手に持っていた封筒を私に差し出してきた。バイト代をいただけるほど役に立ってはいないと私が言えば、大きな手を激しく横に振る。
「いやいや、マジで助かったんだよ。１人じゃさすがに回せなかったし……それに、しめの様子にも気づいてくれたし。俺なんか、今日に限って全然気づいてやれなくて…。」
悔しそうに閑也さんがうつむいたとき、奥のドアが開いて龍也くんが白い顔をのぞかせた。
「しめ…！大丈夫か？」
「うん、ごめん…。」
片付けだけでも手伝うと言った彼を、閑也さんは「バカ」と一蹴した。
「片付けなんか、俺１人でできるから。お前、帰って休め。」
ちょうど来たタクシーの中に、やや強引な手つきで私たちを押しこむ閑也さんは、口調や仕草とは裏腹に酷くおびえた目をしていた。
「Aちゃん、ごめんね。」
２人きりになったタクシーの車内で、聞き取るのが難しいほど小さな声を彼がこぼす。
「……謝るなら、多分私の方。私がやるとか言ったくせに、緊張しちゃって。お客さんの前で声が裏返っちゃった。」
なんとか雰囲気を変えたくて、私はあえて明るい声を出した。不自然にならないように、さりげなく。だけど、そのさりげなさを彼はまたさりげなく汲み取ってしまう。
「俺なんか、今でもミスしてばっかり。初めてなのに頑張ったAちゃん、すごいよ。」
相変わらず優しい笑顔を浮かべた彼は、冷たいままの手で私の頭を大切そうに撫でた。
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作者名：おさと | 作成日時：2023年4月16日 19時
