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「この病気、絶対遺伝するわけじゃないって聞いてたんだけどね。でも、俺は母親から遺伝した。高3でそれが分かったとき、俺思ったの。早く、家族から離れなきゃって。症状が進んで気づかれる前に、家から出ようって。病気のこと知ったら、もちろん父親の気持ちも暗くしちゃうと思うし……妹もきっと、怖いと思うから。」





私は、しばらく何も言えなかった。図書館で初めて出会ったあの時より少し大人で、今より少し子供だった彼の、不器用で偏った、優しすぎる決断。







喉の奥に熱いものがこみあげてきて、気づけば温かい涙が耳に伝い落ちてきた。







「Aちゃん、」





どうして、私の涙なんかに気づいてしまうんだろう。七五三掛さんはゆっくり立ち上がると、ベッドの端に静かに腰を下ろした。





「ごめんね、しんどいときにこんな話しちゃって。」





私は、首を横に振った。泣くのは私の役目じゃないのに、泣いてしまったことが情けなくて仕方がない。







「…Aちゃんは、お父さんとお母さんがいる?」





ささやくように問いかけながら、隣に七五三掛さんが寝そべった。それに気づいた私は、ほんの少し体を反対側にずらす。





「いるよ。兄弟もいる。弟が、1人。」



「そっか。初めて聞いたかも。」





私は黙って頷いてから、顔の向きを変えた。間近にある彼の目を見つめて、口を開く。





「……さっきの話だけど、」



「うん、」



「もし私が同じような状況になったら、きっと私も弟から離れる。」





ごくりと音を立てたのは、私の喉か七五三掛さんの喉か、よくわからない。







でも、今自分が発した言葉には少しの疑いもなかった。もしも私が遺伝性の病気で弱っていくとしたら、その姿を元太には絶対に見せたくない。





自分も病気になったらどうしようと不安を抱かせるのも、逆に自分だけが健康なことに罪悪感を覚えさせるのも、姉として耐えられないから。







「…Aちゃん、」



「ん?」



「ありがとう。」





震える声で言うと、七五三掛さんは正面から私を抱きしめた。私も、震える背中にそっと手を伸ばす。







私は、間違っているのかもしれない。彼の病気は、命にかかわる。最後まで家族に隠し通せるとは思えないし、一刻も早く打ち明けるべきだと思う。





だけど今だけは、正しさの壁がない所で、この人の一番近くにいたかった。

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作者名:おさと | 作成日時:2023年4月16日 19時

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