152.(side S.M) ページ4
さすがの若社長が久しぶりに誘ってくれたのは高級料亭やったし、到着するなり丁寧に個室に案内された。
ずっとAんとこで気軽に飲んでたからちょっと変な気分やけど、お互いの近況報告を交えながら、いつものように酒が進む。
「そういえば俺こないだ家族旅行行ってきたんだけど…」
「へぇ、ええなぁ。何処行ったんですか?」
そろそろええ時間になってきて、帰ろうかなんて話が出始めた頃、わざとらしく口を開いた若。
ポケットから何故だか財布を取り出して、たつの質問に少しだけ笑みを浮かべた。
「海の見えるとこ」
「…海?海か……ええなぁ」
何かを感じ取ったのか、答えたたつの眉毛がピクリと反応する。
「海と山に囲まれた、良いところ」
「…海と山……そら絶対ええとこやわ。ゆっくりできました?奥さん喜んだでしょ?」
「うん。やっぱり子供いると大変だしね。奥さん上機嫌だったよ」
何気ない会話が続く中、はいお土産、と若が取り出した財布からなんの変哲もない一枚のショップカードをたつに差し出した。
それが何処のものかなんて言われんでもわかる。
それはもちろんたつもで、見せられた瞬間目を開いた。
覗き込むと、レトロな雰囲気が漂う外観の店が映っているそれには、聞き覚えのある店名が印字されとった。
「初めて行ったお店が凄い美味しかったんだけど、大倉さん好みだと思うんだよね。そっちの方にもし行く機会があったらおすすめしたいと思って」
そのカードを手に取ったたつは、しばらくそれを見つめて。
深い溜息を吐き出した。
「…ほんまは」
たつの瞳が僅かに揺れる。
「……ほんまはどっかで戻って来てくれるんちゃうかなって期待してたんやけどな」
その瞳に涙が滲む。
吹っ切れたなんてほんまにとんだ勘違いやった。
おまえは、その淡い期待だけを頼りに元気になったフリしとったんか。
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作者名:咲菜 | 作成日時:2022年8月16日 20時