162. ページ14
それはもう本当に忠義くんの言う通り。
別に結婚したいわけでもないんだけど。
だからといって本人に堂々と言われるのは何か違う気がする。
「…鯛茶漬け食べるんでしょ」
「誤魔化すなや」
「しつこい」
「なんやねん。可愛くないで」
「可愛くなくて結構ですっ！」
わ、怒ってもうたー。と笑いながらクマのぬいぐるみを手に取った忠義くん。
「もう全然匂いせぇへんな」
「さすがにね」
「先輩避けしといたろ」
そう言ったかと思ったら、鞄から懐かしい香水が出て来て、思わず笑ってしまう。
「あんまりかけるとお店に置けなくなっちゃうよ」
「部屋に置けばええやん」
…部屋に上がる時はちゃんと連れて帰ってるから。
なんて、それこそいい年したおばさんが何してるんだって話だから言えないけど。
鼻を掠める懐かしい忠義くんの香り。
頼んだで、とクマの頭をポンポンする忠義くん。
その様子が可愛くて。
手を止めて、つい頬を緩めて眺めていると自然と目が合う。
「…うそ、やっぱり可愛い」
「…クマ？」
「…なわけないやろ」
忠義くんの頬も緩む。
「いつきさんがな」
「…うん？」
「初めてここに来た時、Aがつまんなそうに調理場に立ってたって。でもそんな風には見えへんよな」
「…どうかな？自分ではわからないけど」
多分、いつきさんの言っている事は正しい。
死活問題で始めたお店は、前ほどの熱量は持てずにいた。
もし忠義くんの目にそう映らないとしたら、理由は1つしかない。
ここに忠義くんがいる。
たったそれだけのなんとも単純で、なんとも自分勝手な理由だ。
「…田舎はお客さんが少ないからじゃない？」
「ならはよ戻って来たらええやん」
「ビンボーだから無理」
「引っ越し費用くらい出したるって」
「忠義くんに出してもらう理由がないから無理」
「…ほんま可愛くないわぁ」
「ほっといて。はい出来たよ。忠義くん用鯛茶漬けセット。食べたらさっさと帰ってね」
「ほんま貸し切りの意味ないやん。ていうか移動時間の方が長くなってまうわ」
「だからもう来なくて良いってば」
「それこそ無理やな。いただきます」
だけどあの時別れを選んだ私には、それを口にする資格なんてもうどこにも残されていない。
いつか忠義くんが飽きるその日まで、ただ精一杯強がって。
その癖どこかで忠義くんからの連絡を待ってるんだから、今の私は呆れるほど滑稽だ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 333人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：咲菜 | 作成日時：2022年8月16日 20時
