159. ページ11
エンジンを掛けたり、運転席で何やらやっていたり、ボンネットを開けたり、いろいろ確認してる様子を黙って眺める。
「一旦持って帰るよ。俺の乗って来た車、代車で使って」
「時間掛かりそう？」
「んー、すぐ終わると思う。今日間に合ったら持ってくるし」
「いやいや、明日取り行くよ」
「どっちでも良いけど」
「じゃあ、よろしくお願いします。あ、コーヒーでも飲んでく？」
もう一度頭を下げて、返事を聞く前にドアを開けた。
ゆきちゃんはスマホを取り出して、時間でも確認したのか、すぐにそれをポケットに押し込んだ。
「じゃあ、遠慮なく」
「うん」
ちょうどゆきちゃんがコーヒーを飲み終わった頃、なんの前触れもなく店のドアがガチャリと音を立てた。
外にはclosedの札が掛かっていた筈だし、手書きで“本日貸切”の紙まで貼ってあった。
何より約束の時間にはまだ随分早い。
それでもお構いなしに入ってくるのは、彼らしいと言えば彼らしい。
…まぁ、そんな彼のための貸し切りだから問題はないんだけど。
ドアを開けたその人は私を見て微笑んだ。
それから当たり前のように入ってきて、当たり前のようにカウンターに腰を下ろして。
同じようにカウンターに座る私の幼馴染を一瞥する。
「俺今日来るって連絡したやんな？」
「…したね。貸切って貼り紙見たでしょ？」
「うん、見た。じゃあ誰？」
「幼馴染のゆきちゃん。覚えて…ないよね」
「うん。全然覚えてへん」
「整備士さんなの。車の調子悪いって言ったら見に来てくれただけ」
古びたお店には似つかわしくないオーラを放つ彼にゆきちゃんが一瞬たじろいだ。
だけどその顔が睨んでるとも言える表情に変わる。
「…そっちこそ、誰？」
ゆきちゃんに言われて、目深に被ったキャップを取って、わざとらしくサングラスを外して、わざとらしく微笑む彼。
キラキラのアイドルスマイルは、相変わら息を飲むほどカッコ良い。
ゆきちゃんもうすうすそれが誰かは気付いていたようだけど、全てを取っ払った彼を見上げてさすがに固まってしまった。
「どーも。Aの彼氏の大倉です」
驚いたゆきちゃんが私と忠義くんを交互に見比べる。
それはもう首が取れちゃうんじゃないかと思うほどに、行ったり来たり。
彼氏じゃないし、そんな事わざわざ言わなくて良いのに…。
私は溜息を１つ吐き出して───。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 332人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：咲菜 | 作成日時：2022年8月16日 20時
